忍者ブログ
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


腰をぬかしていたはるを座らせ、三人はかき氷で涼をとった。

 「おもしろかったねえ!」

 博が興奮した様子でかき氷をしゃくしゃくかきまぜる。

 「まあまあじゃないの、どこからくるかは予測できたし」

 雅は冷静に抹茶蜜のところを口に入れる。

 「十分怖かったです!」

 かき氷なんて食べられると思ってもいなかったはるは、すっかり機嫌をなおして黒蜜を味わっている。

 「だけどさ、はる吉は思ったほど悲鳴上げてなかったよね、ずっと俺が手をつないでいたからかなあ」

 博が満足そうにこう言って氷をほおばった。

 「……………」

 「……………」

 雅とはるが顔を見合わせる。その様子に博がきょとんとする。

 「はるは、怖がりすぎで歩けなくて、僕が横についてたんだけど…」

 雅がぽつり、と答える。

 「えっ」

 博が自分の左手を見つめる。

 「……………」

 「……………」



 この後、三人が帰りの車の後部座席で手を握り合っていたのは言うまでもない。




 




拍手[3回]

PR

お化け屋敷の前は、人で賑わっていた。小屋のなかからは時折悲鳴が聞こえたり、お芝居でよく耳にするおどろおどろしい笛の音や、太鼓のどろどろどろ…という音が響いてくる。小屋の横には、縁日のような店もいくつかあって、ちょっとしたお祭りのようだ。集まっている人は楽しげで、小屋から出てきた人たちも。怖かったねなどといいながら笑いあっている。その雰囲気に、先ほどの運転手の話にやや腰がひけていた博も気持ちをもちなおして、行く気満々である。
 
「はる、お前は僕の鞄をもってついてくること。その鞄なくしたら、とんでもないことになるからね。覚えておいて」

 雅が宣言したことで、はるには「外でお待ちしております」すら選択肢から消えた。行くしかない。雅の綺麗な口元がにんまりと笑っている。怖がっている様子を楽しんでいるのは間違いない。
 
 なんて悪趣味!
 
 はるは半べそで雅をにらみつけるが、雅は一向に意に介していない。

 入場待ちの行列に並んで、それほどたたないうちに、順番が回ってきた。
 三人が中に入ると中は真っ暗闇で、全く前が見えない。
 さわさわ…と柳の枝が揺れる音がする。

 「あ、あ、あ、ああのっ、置いていかないでくださいね」

 はるが震える声で懇願する。

 「はる吉、遅れないでちゃんとついてきてね」

 博は先頭にたっているようだ。
 はるが手さぐりをしつつ前に進もうとすると、その手を誰かが捕らえた。雅の位置からだった。雅の柔らかな袖の生地がはるの腕に触れる。

 「こんな面白いもの置いていくわけない」

 暗闇にやや目が慣れてきたところで目を凝らすと、雅の顔がすぐ近くにあった。紅い唇が闇に妖しく映る。違う意味で心臓に悪い。
 
 いつも苛めるのに、こういうときに手を握って安心させるなんてずるい。
 
 そう思い続けるゆとりはなかった。先に進むと足元がぬるりとしたり、横から破れ傘が飛び出てくる。そのたびにはるは悲鳴を上げて雅の腕にしがみつく。おっかなびっくり、雅にしがみついているので、なかなか進まない。そんなはるを雅はうれしそうに見ていたことにはるは気づかない。
 役者もはるの怖がり具合にさぞかしやる気をかきたてられたのだろう。前や横からお化けがでると思っていたら、潜んでいたお化けがはるの背後から飛び出てきた。あまりの唐突さにはるは悲鳴をあげてしゃがみこんでしまった。お化けは雅も怖がらせようとおそいかかるふりをする。

 「ちょっと、やりすぎ」

 怒気をこめて、雅がお化けを睨みつける。その気迫にお化けがたじろぐ。雅はしゃがみこんだはるの背中から抱きしめてささやいた。

 「こんなの、怖がらなくてもいい。お前は僕だけ怖がってれば良いんだ」

 雅ははるを立たせると、はるを背中から抱えるようにして先へ進む。雅の左手ははるを包み込むように左の肩に置かれている。はるは雅の右手を握り締めていた。「ゴミのくせに」と怒られるかな、と思うのに、雅ははるの手をしっかりと握り返してくれている。雅からふわっといい香りがする。薄い生地を通して雅の体温が伝わってくる。はるはお化け屋敷が怖いのか、雅の態度に眩暈を覚えているのかわからなかった。ただ、心臓だけは早鐘のように鳴っていた。

 前の方から時折博の絶叫が聞こえる。もうすぐ出口のようだ。

 「ふん、短すぎてつまんない」

 雅は、ぱっとはるの手を離した。
 
 出口の帳を抜けると蝉の声と暑気のなかに放り出された。
 夏の西日が眩しかった。





-おまけ- へ











拍手[0回]


茂が客からもらったという切符はちょうど三枚だったので、博、雅、はるが行くことになった。千富には雅がはるをつれていくと説明して強引に段取りをつけてしまった。だが、はるは浮かない顔である。準備をするのに使用人宿舎に戻っても手が進まない。

「なにやってんのよ、早くしないと置いてかれちゃうわよ。いいなあ。私も行きたいくらいよ。ほら、あんたの分の西瓜食べてさっさと行きなさいよ」

「たえちゃん…」

「まさか、あんた、怖がりなの?」

「…私の西瓜あげるから、たえちゃん代わりに行ってくれない?」

「ぷっ…あははっ」

「なによ、そんなに笑わなくっても…」

「大丈夫よ、お化けっていっても役者がやってるだけなんだから、お芝居観にいくつもりで行ってらっしゃいよ。じゃあ、この西瓜は私が貰っておいてあげる!さあ、行った行った!」

「だって、雅様のあの邪な笑顔、絶対私が怖がりだって気づいて命令したと思うの」

「お化け屋敷の怖さをさらに堪能できそうな状況じゃない。今年きてるのは仕掛けも凝ってて結構面白いって噂よ」

 たえがはるを玄関に押していく。

「お化けなんてわざわざ会いたくないもん、楽しいとか言う人の気が知れな…ちょっ、たえちゃん、待っ…」

「お待たせしましたー」

 たえがはるの背中を押しながら明るい声で開けた玄関の扉の先には、博も雅も準備万端で待っていた。博からは期待に満ちた雰囲気が、雅からは底冷えのする企みがにじみ出ている。こっちのほうがよっぽど背筋が寒い。そう、待たせたのに雅が怒らない。異常事態である。

「さあ、はる吉、いっくよー!」

 博はいそいそと車に乗り込む。

「じゃあ、この鞄持ってて」

 雅がはるに小さな鞄を持たせ、車に押し込むようにして自分も乗り込む。
 鞄なんて普段持ち歩かないくせに!そう心の中で反論しても、逆らいようがない。

 予想通り、車内は大怪談大会となった。はるが耳を塞ごうとすると雅がにっこり笑ってその手を制止する。屋敷は空き地のあるはずれのほうに設営されているから道中が長い。ふとした間に博が「わっ!」と驚かすだけで声にならない悲鳴を上げるくらい、はるの肝は冷え切っている。もうすぐ着くというところで、珍しく運転手が話を始めた。

「お坊ちゃま方、お化け屋敷に行かれるのはとても楽しそうなのですが、一つだけお気をつけくださいね。何でも、この役者一座は巡業であちらこちらに行っておりまして、私の故郷にも来ていたことがありました。そのときに聞いた噂なんですが…。女役者に子供がいたそうです。ある日その子供が高熱を出した。医者にみせてやりたいけれど、巡業中は休めない。女役者は、その日の出番が終わった夜に高いお金を払って往診をお願いすることにして医者に連絡をとったんだそうです。後ろ髪惹かれる思いで、興行に向かい、出番を終えた。急いで楽屋に戻ったが、医者も間に合わず子供は息絶えていたのだそうです。以来、その一座のお化け屋敷には女の子が母親を探して客と一緒に回るという噂があるのですよ。」 

「あは…は、なんか、現実味のある話で…やだなあ、気を利かせすぎだよ」

 博がうわずった声で答える。

「なかなかいい演出をありがとう」

 雅が飄々とした調子で答える。

「演出か噂かはお坊ちゃま方のお考え次第です」
 
 運転手の答えにはるは声も出ない。



-参- へ 














拍手[0回]


今年は薮入りがあけても残暑が厳しかった。学校はまだ休みで、博と雅が屋敷のなかでは比較的涼しい別棟の部屋の窓を開け放ち、読書をしている。この二人が同じ部屋で我慢するくらいに暑いのだ。

 茂がいつものように日が高くなってからあくびをしながら起きてきた。

「ふぁ~…おはよう」

「おはようございます、茂様」

はるがすぐに冷たい麦茶を用意する。

「おはよう、茂兄さん」

「ふん、こんな時間までだらしないったら…」

 険のある言い方の雅に苦笑いをして、茂が懐から切符を取り出した。

「雅、そんなにつんけんしないでよ。いいものあげるからさ」

 雅は一瞥して、気のないそぶりで本に視線を戻す。茂が切符をひらひらさせる。

「あのさ、いまお化け屋敷がきてるんだよね。お客さんから切符もらったんだけど、俺は行かないからさ」

「別に僕はそういうの興味ないから。博が行けば?」

「あ!行く行く!この前学校のやつらに会ったとき、すっげえ怖かったって話題になったんだよ。はる吉もつれてっていい?」

「わわわ、私は使用人の分を超えておりますので、え、遠慮させていただきたく存じ上げます」

あわててはるが手を振りつつ辞退を表明する。声が裏返る。雅ははるのあわてっぷりを横目で見て、読んでいた本を膝に伏せる。

「ふぅん、珍しいじゃない、はるは見慣れないものに関心強いと思ってたんだけど?」

「ごほん、い、いぃえぇ、そんなことはないですよ、雅様。使用人としての立場がございますので…」

はるのひきつった笑顔に、それはもう、あでやかににっこりと、雅は冷ややかな微笑みを返す。

「命令。僕の荷物係でついてきて」

-弐- へ































拍手[0回]


正ははるが泣き止むまで腕の中につつんでいた。立ったまま抱きしめるとはるの頭は正のあごのあたりに来る。肩幅も首筋も正の知っている自分のごつごつした体とはつくりが違って、細く滑らかだ。

…女とはこんなに小さいものか。

この年になるまで女を抱いたことがないわけでなかったが、腕の中で慈しむのは、はるが初めてなのかもしれない。

全く、はるのような女は他にいない。
喜んだかと思ったら、怒る。泣きながら自分を好きだと言う。
こんなに感情を真っ直ぐにぶつけてくる者はこれまでいなかった。

”宮ノ杜家のご長男の”正様
”宮ノ杜銀行の頭取の”正様
”澄田家の御血縁の”正様

もちろん自分もそのように振舞っていた。あてがわれた役をこなすのが当然のように、努力もしたし、結果はそれ以上についてきていた。役割にふさわしい女を娶るものだと思っていた。卒のない生き方。失敗をしないやりかた。宮ノ杜の長男という重圧とうまくやっていくにはそれでよかったのだ。そんな自分にも感情も欲望もあるというのに気づかせてくれたのははるだ。でなければ、他の兄弟にはるを近づけたくなくて、わざと船に乗れなくするようになどしない。

…独り占めしたいなどと我ながら子供じみたことをしてしまった。

はるは船から花火を見たかっただろうか。屋形船そのものも楽しみにしていただろうか。

「はる、私のわがままですまなかった」

正が少し俯いてはるの髪に唇を寄せた。石鹸の匂いが鼻を擽った。このまま全てを自分のものにしたい。建物には自分たちしかいない。屋上にいる自分たちを見るものなどいない。宮ノ杜の縁のものの目もない。

軛の外された空の船。

宵の風が吹き抜ける。

「もういいんです。正様が私といたいって思ってくれてるのがわかったから嬉しくて泣けちゃいました」

瞼と鼻の頭を赤くしたはるが、正の顔を見上げる。泣きべそ顔までも可愛らしく思えるとは、我が恋の病も膏肓に入ったものだと思う。まったく、初めて出会ったときからはるは特別だった。

「ずっとだ。これからずっとお前は私の傍にいろ。大切にする」

正は、はるの涙にくちづける。
そして、唇を触れ合わせる。
柔らかく。やさしく。

このまま唇を重ねていれば、止められなくなる。

息を飲み、ふと唇を離し、はるを見つめる。

大きな尺球の連発があったようだ。視界の隅に花火の光のかけらが映る。音が光を追いかけて二人の耳に届く。風が火薬の匂いを運ぶ。

「正様約束ですよ?ずっと、大事にしてくださいね」

自分よりも一回り以上年下なのにこの女にはきっと敵わないのだろう。

「ああ、もちろんだ」

正ははるの額にくちづけて、はるをくるりと後ろ向けにして花火がみえるようにした。後ろから抱きしめながら花火を眺める。

ゆらり、ゆらり。
空の船は正の思いに揺れながら、遠くの光の華を映していた。




















拍手[2回]