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 これで何度目の喧嘩だろう。

「公瑾さんのわからずや!石頭!もう知らないっ」

 ささいなことからだった。今、思い返してもなんでここまでの喧嘩になったのかわからない。

 でも、どうしても腹の虫がおさまらなかった。
 公瑾さんの部屋を飛び出して自室に戻る。

 少し日が長くなってきたけれど、空の色は薄くて風は刺すように冷たい。暮れかけたころに部屋に戻って、あっというまに外は夜になってしまった。

 特にすることもなく、冷え切った部屋の寝台に転がる。

(飛び出てくることもなかったかな…)

 部屋に残していくときの公瑾さんの顔を思いだす。
 喧嘩してるんだから、別のことを考えればいい。そう思って考えを巡らせる。

(大喬さん小喬さんが言っていた市で人気のごまだんご今度買ってみよう。公瑾さんは甘いものはあんまり食べないから………)

 やっぱり公瑾さんのことに戻ってきてしまう。

(謝りに行こうかな…でもなんか気まずい…迎えに来てくれないかな…)

 窓の外で氷を踏む音がした。
 いつも聞いている静かな歩みの音。

 背の高い公瑾さんの歩幅は大きくて足音は静かだ。
 私と並んでるときは合わせてくれていると気づく。

 あんなに怒っていたのに、こんなにこの人が近づく音が嬉しいなんて、どうかしてる。

 扉を開けると、庭の梅が微かに香った。

「花……」

 私を呼んだ公瑾さんの息が月明かりに白くかたちを作って空に溶けた。

 困ったように笑って少し腕を広げて佇む公瑾さんのたたずまいは優しかった。

 本気で怒れるのは公瑾さんが好きだからで、公瑾さんっていう人と深く結びついているから。怒って壊れるのが怖かったら、怒れない。

「公瑾さんの馬鹿!」

 公瑾さんが私をすっぽりと腕の中にとらえる。
 馴染んだ香りに包まれて、怒っているのに安心する。

「そうですね、馬鹿、なのかもしれませんね。こんな凍てつく夜に貴女を迎えにくるのですから。私も頑固でした。貴女の言うことをもう少し考えるようにします。貴女が飛び出て行って、そのままいなくなるのか怖くなりました」

 冷え切った公瑾さんの耳たぶが私の頬にあたる。

「ごめんなさい。でも、耳、冷たいです」

 少しむくれて言う。

「貴女の熱をわけてもらうのですぐ温まります」

「もう…すぐそうやってごまかす…」

「ごまかしてなんかいません。それとも私に抱かれるのはお嫌ですか?」

 公瑾さんは私の手をとって唇を寄せる。
 唇が手首の内側の皮膚の薄いところへと滑っていく。
 その手をぐいっと引き寄せられ抱きしめられた。

「嫌なら…振りほどいてもいいのですよ?」

 耳元で甘く囁いて耳たぶを甘噛みする。
 振りほどくことなんかできはしない。
 私が逃げないのもきっとわかっててやってる。

 袖の奥、肘の内側から腕の内側へと唇が落とされる。

 小さく息を吐く。

 その、私の隠そうとした艶を聞き逃さず、公瑾さんの形の良い唇が微笑む。

「こちらの部屋で貴女を求めるのはいつ以来でしょう…」

 寝台に横たえられ、情事を思い出させる台詞に背筋がざわついた。

 公瑾さんの指も耳元でささやく息も、ほんの少しだけですべてが解けていく。この人が私を求めて息を乱すのが嬉しくて身体の奥が熱くなる。

 外は氷が張るほど凍てついていても、触れる肌の熱は冷めることはない。
 月が沈むまで。




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