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正ははるが泣き止むまで腕の中につつんでいた。立ったまま抱きしめるとはるの頭は正のあごのあたりに来る。肩幅も首筋も正の知っている自分のごつごつした体とはつくりが違って、細く滑らかだ。

…女とはこんなに小さいものか。

この年になるまで女を抱いたことがないわけでなかったが、腕の中で慈しむのは、はるが初めてなのかもしれない。

全く、はるのような女は他にいない。
喜んだかと思ったら、怒る。泣きながら自分を好きだと言う。
こんなに感情を真っ直ぐにぶつけてくる者はこれまでいなかった。

”宮ノ杜家のご長男の”正様
”宮ノ杜銀行の頭取の”正様
”澄田家の御血縁の”正様

もちろん自分もそのように振舞っていた。あてがわれた役をこなすのが当然のように、努力もしたし、結果はそれ以上についてきていた。役割にふさわしい女を娶るものだと思っていた。卒のない生き方。失敗をしないやりかた。宮ノ杜の長男という重圧とうまくやっていくにはそれでよかったのだ。そんな自分にも感情も欲望もあるというのに気づかせてくれたのははるだ。でなければ、他の兄弟にはるを近づけたくなくて、わざと船に乗れなくするようになどしない。

…独り占めしたいなどと我ながら子供じみたことをしてしまった。

はるは船から花火を見たかっただろうか。屋形船そのものも楽しみにしていただろうか。

「はる、私のわがままですまなかった」

正が少し俯いてはるの髪に唇を寄せた。石鹸の匂いが鼻を擽った。このまま全てを自分のものにしたい。建物には自分たちしかいない。屋上にいる自分たちを見るものなどいない。宮ノ杜の縁のものの目もない。

軛の外された空の船。

宵の風が吹き抜ける。

「もういいんです。正様が私といたいって思ってくれてるのがわかったから嬉しくて泣けちゃいました」

瞼と鼻の頭を赤くしたはるが、正の顔を見上げる。泣きべそ顔までも可愛らしく思えるとは、我が恋の病も膏肓に入ったものだと思う。まったく、初めて出会ったときからはるは特別だった。

「ずっとだ。これからずっとお前は私の傍にいろ。大切にする」

正は、はるの涙にくちづける。
そして、唇を触れ合わせる。
柔らかく。やさしく。

このまま唇を重ねていれば、止められなくなる。

息を飲み、ふと唇を離し、はるを見つめる。

大きな尺球の連発があったようだ。視界の隅に花火の光のかけらが映る。音が光を追いかけて二人の耳に届く。風が火薬の匂いを運ぶ。

「正様約束ですよ?ずっと、大事にしてくださいね」

自分よりも一回り以上年下なのにこの女にはきっと敵わないのだろう。

「ああ、もちろんだ」

正ははるの額にくちづけて、はるをくるりと後ろ向けにして花火がみえるようにした。後ろから抱きしめながら花火を眺める。

ゆらり、ゆらり。
空の船は正の思いに揺れながら、遠くの光の華を映していた。




















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