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 きらきら光るような風が吹き抜ける。
 木々は萌黄から新緑になっている。

 日に日に薬草が芽吹くので、ここのところ毎日早安と二人で薬草摘みにでかけていた。

 …といっても、ピクニックのような甘いものではなくて、ほぼ本気の登山で、摘んだ薬草を背負いながら藪や山を歩くので足腰は相当鍛えられる。

 
 早安はいつも私の少し先を歩く。

 
 その背中は華奢なように見えてしっかり男の人の骨格で。
 私が歩きやすいように、枝や蔓を払いながら進んでくれる。

 
 …頼りになるなあ。

 
 後ろ姿をぼんやり眺める。
 ひよこのような金色の髪、綺麗な首筋。

 でも、それは早安には言わない。かわいいとか綺麗をすごく嫌がるから、心の中だけで思うことにする。
 もし芙蓉姫に会うことがあったら、私は早安のことをどんなふうに説明するんだろう。

 かわいくて綺麗で、頼りになって、強くて、いろんなこと知ってて、しっかりしてて
 ………単なる惚気だ、これ。

 楽しいことを考えていても、次第にきつくなる斜面にすこしずつ早安との距離があいてきた。 

「花、ここで休もう」

 まるで後ろに目があるみたいに、私の息が上がる前に休みをいれてくれる。

 
 早安は振り向いて屈託のない笑顔を向ける。
 そして手を差し伸べる。

 私はこの早安の差し出された手を取る一瞬がすごく好き。

 思わず、頬がゆるむ。

「何にやけてるんだよっ」

 ぐいっと引き上げられ、頬をつままれる。

「なんれもらいっ」

 早安は楽しそうに私の頬をぐにぐにして、不意に唇を重ねる。

「そんなかわいい顔してると、ここで襲うぞ?」

「それはっ、だめっ」

 私のあわてた顔を見て笑って「しねーよ」と囁いて、でこぴんされた。

「痛ぁ」

 あははっと楽しそうに笑う声。
 早安は良く笑うようになった。それがうれしいのと、早安の笑う声が好きで、私もむくれた顔が続けられない。

 数歩手を引かれて麓が見えるところに促された。

「こないだ見つけたんだ。村がよく見えるだろ?」

「ほんとだ、あれは馬に頭を蹴られた人の家かな。私たちの家は……」

「あっち」

 早安の腕が私の肩に回って、頬が触れそうな距離に顔が近づいてくる。早安の指し示す先には箱庭のように小さく見える私たちの家があった。庭には朝見た花の色が見える。窓の下に置いている桶も、乾燥させるために束ねて吊るした薬草も何となく見える。

 ここで、暮らしてるんだなあ。

 不思議な本の力でここに飛ばされて、身の置き所がなかった私。
 自分の出自を隠して生きてきた早安。

 不確かだった二人が、今はこんなにしっかりと根付いた生活をしていることが、とても稀で大切なことに思えた。

 感慨にふけっていると、頬にそっと唇が寄せられる。

「ああ、俺たちの、家だな」

 穏やかな声が耳元に満ちる。

「陽が落ちる前に帰ろう。俺たちの家に」

「うん!」

 
 私は元気よく頷いて早安の後ろをついていく。








蓮華に続く

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 嵐の間共に過ごすため花を連れて別荘にきた。
 着いたその日はまだ小雨だったが、翌日から雨脚は強まってきた。

 雨の早朝はまだ薄暗く、花はまだ夢の中だ。
 戦のない国から来たというのは本当なのだろう。
 警戒心はほとんどなく深く眠っている。

 孫呉を安泰にして花がいつまでも安心して眠れるようにする。
 それが私人としての軸となってしまった。
 一人の女人を深く愛することなど考えていなかった頃の私を知っている伯符が今の私をみたら笑うだろうか。

 ”ほら、俺の言うのもわかるだろ?愛する人を持つのは強くなれるんだよ”

 伯符のおおらかな笑顔を思い浮かべる。
(嵐の後はすっきりと晴れるでしょうし、砦を花に見せるのは帰りでいいとして
……子敬から”視察”の名目をもらっているわけですから、私だけでも風雨の準備の様子は見に行っておきましょうか……)  
 支度をして、湯を沸かす間に外の桂花を掌に集めて皿に載せた。
 室内にも柔らかな香りが広がる。
 
 それが刺激になったのか、花が目を覚ました。自分が先に起きていないことを気にしていたけれど、昨夜はこの数日のすれ違いを埋めるかのように遅くまで睦言を交わしていたから、花の体力では起きれないだろう。しどけない様子が私を煽る。

 花に白湯を勧めて髪を撫でているうちに、それだけでは抑えられず、深く口づける。
 花といると制していた自分が解けるばかりか、自分でもこんな熱情があるのかと気づかされる。


 雨に冷える室内で、私たちだけがぬくもりを持っていた。

 花が再びまどろむ。
 出かけてくることを告げて、雨の中、砦の様子を見に行った。

 砦は普段から調練しているだけあり、着実に補強が進んでいた。都督の私が出向いたくらいだから、大きな嵐が来るのだろうと、兵士たちは気を引き締めたようだった。壁に木材を打ち付けたり、飛ばされそうなものを収納したりと立ち働いていた。心配することはなさそうだった。
 思い立って厨房に寄り、賄い方の兵士に蓋つきの小さな器と塩を分けてもらった。
 雲の切れ間を縫って別荘に戻る。
 途中、桂花を見つけるごとに、少しずつ花を集めた。

 部屋が香りで満ちるように。
 この香りと私のぬくもりを、花の記憶にとどめるために。


 私の口づけで肌に散る花びらは数日も経てば色を失くす。
 桂花が香るたびに花は私の指先を思い出すだろう。

 そして集めた桂花を塩で封じこめる。
 蓋をあけるとき、花はどんな表情をするのか。
 きっと頬や耳を染める姿が可愛らしく、また私は口づけをするのだろう。



 

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あとがき
SS書くとき、自分の体験している季節感を織り込みつつ、感覚的な表現をしようとしている気がします。なのでとても長い。
今回は急に冬がきちゃったみたいな寒さが続いた後、台風21号が来やがりまして、その寒ーい雨のなかの二人を描写したくなりました。
公瑾さんは公私の区別が明確な人なのではないかなあとイメージしています。都督の立場としては、敵もできるだけ殺さないという選択はやっぱり難しいものがあると思います。
だからもしかしたら、花ちゃんと策の話をしたくないのかも。意見が割れちゃうと厳しくしてしまうから。そして、ひっそりと後悔して、嫌われてないか悶々とするんですよ。
・・・くっ・・・萌える。
そして、今回は癒しの子敬さんを登場させられたので満足しています。なんと気の利く同僚。きっと二人の子が早く見たいんだろう。
仲謀さんはまだ攻略してないから、どう動くか想像できず、登場できない・・・。先に仲謀さんに進もうっと。


追記
改行がなんだかうまくいかなくて、改行しすぎか詰まる感じになってしまいます。随時修正中。

この後日譚を書きたいんですけど、天才軍師聴きはじめたら全然進みません(笑)


追記
後日譚というか、書いているうちに、壱が花ちゃん視点、弐が公瑾さん視点になりました。

金木犀はモイストポプリで香りを楽しむことができます。
公瑾さんは本編でお香を焚きしめたハンカチを使っている描写があったのでこれもいけるかなあと思いました。
うっかりすると年齢制限的な描写のスイッチが入りそうになるのをこらえるの、大変でした。公瑾さんは声が艶っぽいというのがあり、私の中ではいまのところ最も大人テイストの登場人物という位置づけに…。(孟徳軍と師匠と雲長さんがこのあと控えておりますが)
なんのことかわかるお嬢様にはわかるという描写をがんばってみました。

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 夏が過ぎ去って、日が暮れるのが早くなった。
 夜になって自分の時間ができると、公瑾さんは琵琶を弾く。

 公瑾さんは”ちょっとした小競り合いですよ”と言っていたけれど、このところ戦が続いていて気が抜けなかった。軍議は深夜までかかることもしばしばで、遅くに部屋に行くのも気が引けて、二人でゆっくり会えないまま数日が経っていた。

 琵琶の音色が聞こえる。
 公瑾さんの凛としたたたずまいのような、澄んだ音色。

 廊下に出て、音のする方を眺める。ひんやりした夜風に乗って、音が届く。

(ここで聴いてよう)

 膝を抱えて座り込んで音色を追う。

(次に会ったら、公瑾さんは何の話をするのかな。策のことかな)
 
 策について議論するとき、あたりまえだけど公瑾さんは二人でいるときの甘さなど微塵も滲ませない。勝ちに行くための策を冷徹に選別する。時には意見が衝突する。それは、公瑾さんが都督という立場で戦況を有利にすることが至上の目的で、敵味方ともに犠牲を少なくしたい私の考えとは方向が同じではないからだ。

 衝突するのは私のことを認めて尊重しているからだとわかっている。認めてなければそもそも意見など聞かない。

 でも、この前意見が割れた後から、二人で過ごしていない。

 今日の音色は切なくて、公瑾さんが恋しくなってしまった。


(逢いたいなあ……。でも、公瑾さんの琵琶をじゃましたくないし……)


 次の曲が始まった頃、渡り廊下の向こうから子敬さんがやってきた。

「ふぉふぉふぉ、花殿、こんなところに座り込んでいては、風邪をひいてしまいますぞ」

「こんばんは、子敬さん」

「はて、琵琶の音色にでも誘われましたかな」

「はい、このところ公瑾さんも忙しそうですし、せっかく琵琶を弾いているところだから、聴いてようかと…」

「ふぉふぉふぉ、何を遠慮されることがあろうか、お二人は皆も知っている仲ではないですか。公瑾殿も、こんな冷たい風のなかで音色を追いかける可愛らしい人に会わないでいるとはどうしたことか。花殿、ついてこられるがよい」

 子敬さんは、先に立って公瑾さんの方に歩いていく。
 公瑾さんに会うのはちょっと気まずいような、でも、子敬さんがとりもってくれて助かるような…。

 公瑾さんに子敬さんの足音が聞こえるくらいに近づくと、公瑾さんはこちらを見て目を伏せて琵琶を置いてしまった。


 やっぱり気まずい。

 そんな雰囲気を気にせず子敬さんが空を見上げる。

「ふむ……雲の流れが速いですなあ。公瑾殿には、河口に近い砦の補強の様子を視察に行っていただかないと、水嵩が増したときが気がかりですな」

 公瑾さんは空を見上げて、子敬さんの言ったことを考えているようだった。

「確かに…これは水嵩を気にするような雲の流れではありますが…。視察は今、私でなくとも……孟徳軍に動きがあるかもしれませんし…」

 ちょっと不思議そう。こんなに意味が呑み込めていない感じの公瑾さんは初めて見る。といっても私もよくわかっていないけど。

「なに、動きがあろうと、この雲行きではどうにもならぬであろうよ。花殿にも砦の様子を見せて差し上げると、今後、水軍のこともお考えに入れていただくのによいのではないかな。恋人を想う曲などを奏でているくらいならば……」

「なっ……子敬どのっ…」

 公瑾さんの頬がさっと赤みを帯びて、狼狽える。
 恋人を想う曲って私のこと想って弾いてくれてたのかな。だとしたら、すごく、うれしい。

「ふぉふぉふぉ、後はお任せいただいて、お二人は荒れる前に出立されるとよかろう。ではの、ふぉふぉふぉ」

 子敬さんが去っていくと、顔を真っ赤にした公瑾さんが近づいてきて、私の手をとった。
 ため息を一つついて、手の甲に唇を寄せる。
 さらさらの前髪の陰の目元が艶を帯びていて、どきどきする。


「全く…子敬にばらされるとは思いませんでした。
 ……ということなので、行きますよ」

 言うが早いか、ぐいぐいと手を引いて歩いていく。
 照れ隠しなのか、耳が赤い。

「…って、ばらされるって何のことかちゃんと言ってください。あと、”ということ”って何ですか、公瑾さ…」

 公瑾さんの部屋に入ると、すぐに唇を塞がれた。

「…ん……っ」

 息もできないような口づけ。

「私がこれ程あなたを求めていることです…」

そう囁いて、名残惜しそうに軽く唇を重ねる。

「あなたの唇は甘くて……これ以上重ねていると我慢できなくなります。”ということ”は道中で説明します」
 
 長袖と数日分の小さな荷物と刀を手際よく用意して、私には公瑾さんの上着を肩から掛けてくれた。
 暖かくて公瑾さんの匂いがして包まれているみたい。
 大きくて引きずりそうだなあと思ってると、ふわりと脚が浮いた。両腕に抱き上げられている。

 「しっかり掴まっていていてくださいね」 

 よくわからないまま、公瑾さんの愛馬に乗せられ、夜の京城の街を抜けて駆けていく。
 横座りで馬に揺られるのは不安定で、公瑾さんの首に腕を回して抱きついている格好になる。

「大丈夫ですよ、あなたを落としたりしません」

 綺麗な笑顔がすぐ近くにある。
 さっきの口づけを思い出してしまってどきどきする。怖いふりをしてぎゅっとしがみついた。

 街の明かりがなくなるころ、馬の速度が少し緩んだ。

「”ということ”の答えは空にあります」

「さっき雲が速いって言ってたことですか?」

「そうです。今なら目印の星もよく見える。北はわかりますか」

「あの柄杓の先の…あのへん?」

 北を確認してから、公瑾さんが質問で答えに誘導する。どうやら、台風が近づいているときの雲行きということのようだった。夏の暑さからすると、京城は日本と同じか少し南かもしれない。つまり、台風の威力もきっと強力だ。
 子敬さんが言っていたのは、視察というのは名目で、台風では両軍ともどうにも動きようがないから、二人で出かけて休暇をとりなさい、ということのようだった。

 私が察しのよい答えをすると、公瑾さんは目を細めて髪に唇を寄せる。
 数日会えない間に気持ちがすれ違ってあれほどさびしかったのが嘘のように甘い。

 ぽつぽつ、と雨が降り始めた頃、小さな別荘に着いた。窓を開けて空気を入れ替えると庭木から甘い匂いがした。

「いい香り」

 公瑾さんは、私には届かない高いところの、花がたくさんついた枝を一挿し手折って掌に乗せてくれた。
 枝に身を寄せ合うようにいっぱい咲いている小さな花がとてもかわいい。
 金木犀に似てるけれど香りはもっと柔らかで、花は白かった。
 
「桂花ですね。私の好きな香りです。あなたによく似合う。
 ……あなたの聡いところも、優しいところも、目を離すとどうなるかわからない危うげなところも、愛しています」

 掌にあった小枝を私の耳にかけて、公瑾さんが、優しく私を抱きしめる。

「私は孫家の国を実現することになると、策においては冷静さを保とうとしていますが、気持ちは逸ってしまう。だから、あなたと考えが違うときについ言いすぎてしまう」

 髪に、額に、瞼に、柔らかな唇が落とされる。

「そのくせ、嫌われてしまったのではないか、私よりあなたにふさわしい男がいるのではないか、という思いにとらわれて、素直にあなたに声をかけることができなかった。
 ……挙句に、恋の歌を歌っているような男です」

 雨が降るように唇が何度も重ねられる。

「愛しています……花」

 公瑾さんはずるい。厳しい顔もするのに、二人の時はこんなに深く愛を囁く。それでも…。

「公瑾さん……私が愛しているのは公瑾さんしかいません」

 この一見冷たいような整った顔の奥にある艶めいた熱を知っているから。
 その瞳から目を離せないから。私が想いを伝えると、抱きしめる腕の力が強くなった。

「雨と風に閉じ込められている間は誰の目にも触れさせず、あなたを私だけのものにしておける。
 ……嵐が止まなければいい」


 柔らかな桂花の香りが雨を纏って私たちを包んでいた。













― 弐 ― へ


拍手[1回]


公瑾さんのレビューにぽちっと拍手をくださった方、ありがとうございました。

また見に来てくれるか、SSはお嫌いでないか気になるところですが、反応があったことで公瑾さんのことをあれこれ考えました。


公瑾さんの背景を思い描いていたら、従姉夫婦が話の冒頭に登場。なんだこの妄想力(笑)。しかも文章がいかつくなってしまった。お許しを。

あくまで私の想像する公瑾さんですが、自分の感情に気づくのが少し鈍いけれど、実はとても繊細で、感情を殺して冷徹にふるまう奥底には、大切な人への優しさや温かい思いが秘められている人物のように思うのです。

花ちゃんを警戒し、踏み込まれることを恐れながらも心惹かれて行った過程を補ってみたく、これができあがりました。


引用の漢詩は三国時代より前の漢詩を調べていたらみつけました。この話にとてもしっくりと馴染みます。心よりの感謝と敬意をもってリンクさせていただきました。

公瑾さんは、キャラが立っているので補い甲斐があっていいですね・・・。作ってる途中で別のネタも浮かんできました。

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