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昼過ぎに勇とはるが赤ん坊とともに帰ってきた。
祝言を挙げてからというもの、勇は隠すこともなくはるを慈しんだ。
いまや宮ノ杜の睦まじい若夫婦という姿が定着している。
勇ははると赤ん坊をガラス細工のように大切にしているのは誰の目にも明らかで、はるが「そんなに心配しなくても」とたしなめるほどであったし、たしなめられたらたしなめられたで、勇は子犬のようにおとなしくなるのだった。
数年前、勇のこんな姿を誰が想像できだだろうか。
洋行を終えて帰ってきていた博が出迎え、節句の鎧兜を飾ってある奥の座敷へと案内する。
座敷では雅がしげしげと飾りを眺めていた。
はるは、初めて見る豪華な節句の鎧兜に目を丸くしていた。
勇がはるの実家から持ってきた重たそうな重箱を飾りの前に置く。
「うっわー、柏餅だ!これ、おいひぃんだよねーんぐんぐ」
博は見つけるが早いかすぐに柏の葉を剥いて餅にかぶりつく。
横で雅がその食べ方に眉をひそめる。
「ちょっと!洋行したくせに、食事のマナーとか学んでこなかったの?食べながら喋んないでって何回言えばわかるのさ!」
「だって、んぐ、餅はかぶりつくのがおいひいんだよ、雅も早く食べなよ。もたもたしてると雅の分も食っちゃうぞー」
博がもう一個柏餅を手にしてひらひらと高くあげる。
「お前にやる分はないよ!」
雅がいまいましそうに柏餅をとりかえす。
通りかかった千富がそれをみて目を丸くしていた。
子供のときにしなかった仲のよい兄弟がするようなけんかをいまごろになってしているように思えたのだ。 はるが来てから、御兄弟の間も随分と変わったのだと改めて思った。
はるは落ち着いたもので、横の重箱を示して付け加える。
「博様も雅様も、たっぷり作ってきたから大丈夫ですよ。雅様が手にしている緑色のお餅のほうは味噌餡です」
はるがにこにこして説明を加えると、二人はすぐにおとなしくなる。
「ふぅん…、味噌餡って食べたことないんだけど」
雅がやや怪訝そうな顔をしたところに、茂がしどけない格好で現れた。
「ふ、ふぁあああー。よく寝たー。」
「あ、茂、いいとこにきた。ちょっとこの味噌餡の柏餅食べてみてよ」
雅が茂に命令する。
「こんにちは、茂様、先ほど戻りました」と、はる。
「我が子も初の長旅を無事に乗り越えたのだ」と、勇。
勇はこれからもっと親ばかになるのだろう。
「味噌餡?あ、勇兄さん、おはるちゃん!お帰りー、若様とは初対面だ。かわいいなあ。ちっちゃいなあ。目元は勇兄さんそっくりだ。顔の丸さはおはるちゃん譲りかな?」
「赤ん坊はみんな丸いんです!もうっ」 はるが頬を膨らませる。
「あはは、ほらそっくり…って冗談だよ、冗談。で、何、雅。味噌餡?初めてだな。おはるちゃんの実家ではこれもあるの」
「はい、普通の小豆餡と味噌餡、両方あって、味噌餡はちょっと塩気が効いてて美味しいんですよ、勇様ったら作ってる横からぱくぱく食べちゃうから、味噌の数がちょっと少ないかもしれません」
「いま、さりげなく惚気たね?…でも勇の味覚はお座敷でみててもよくわかんないからなあ。どれどれ…」
「何を言うか。はるの家の手料理は素朴な味わいで本当にうまいのだ」
こころなしか、はるの家に行くたびに勇の肌つやもよくなっているようだった。
茂が一口かぶりつき、眉間に皺をよせる。
「え?お口に…あいませんでしたか?」
はるが心配そうな顔になる。
ちょうど進が帰宅して奥の座敷に顔をだした。
「やあ、はるさん、おかえりなさい。おめでとう。若様、はじめまして」
進が優しい笑顔で挨拶をするやいなや、横から茂が味噌餡の柏餅を進に険しい顔で握らせた。
「進、いいから、これ、ちょっと食べてみなよ、おはるちゃんちの柏餅。雅が毒見しろっていうから食べたんだけど…」
「え、…」
茂の剣幕に圧倒され、はるのおろおろした顔に胸をいためつつ、柏餅をほおばってみる。 想像していた小豆と違う香りがして数秒後、味噌と認識してからうまいと感じる直前くらいに、茂が雅には見えないように進に片方の眉を上げてにやりと笑う。
進は、茂が雅をかつぐつもりだと直感する。
「う…、うわー、これはなあー。ちょっとあれですねーあれ。…はははははは」
お座敷でならした茂とは対照的に棒読み加減がすさまじい進である。 茂の意図はすぐに察知できたものの、台無しにしてしまいそうで、心もとない。
進がもくもくと食べていると正の足音が近づいてきた。
かつてここまで正の足音をありがたいと思ったことはない。
「なんだ、騒々しいと思ったら、帰ってきてたのか」
「あ、正兄さーん!」
すかさず茂が正の肩を組むようにして目配せして、味噌の柏餅を持たせる。
「なんだ茂、跡取りに挨拶させん気か、こら」
「まあ、兄さんも食べてみてよ。おはるちゃんが持ってきてくれた味噌の柏餅」
新しいものにはとりあえず慎重になる正は怪訝そうな顔になる。
「雅のやつがさ、僕らに毒見させてるんだけど、なんかこう、あれなんだよねー」
茂は雅を背にしてにやにやする。
「自分もいま一口食べたところなのですが、味噌がなんていうかあれなんですよね、はははは。博の口にはあってるようなのですが」
進が茂をちらりとみてからこくこく頷く。
その様子をみて正は茂のいわんとするところに気づいたようだ。
「博は何を食わせても美味しいんだろう」
「なんだよ、その言い方だと、まるで僕が雑食みたいじゃない」
正は博の味覚はあてにしていないのだが、この二人が目配せしながら食べてるところをみて「まあいける味であるには違いない」と予測した。
「そこの二人はなに、それ、おいしかったのおいしくなかったの」
雅がちょっといらいらして、話に割り込んでくる。
「あの、正様、田舎の味付けですから、お口にあうかどうか心配なのですが…」
はるがおろおろしている。
「気にするな。この二人も、感想が言葉になってないようだからな。長男である私が説明できるように食べておかねばなるまい」
正はそういうと、一口味わい「味噌だな」と、極めて端的な言葉で説明した。
「いや、これは、もうちょっと食べてからでないと、説明できんな。おい、もうひとつもらうぞ」
はるは目を白黒させて差し出す。
「ねー?形容しがたい味でしょ?もうひとつ食べてからじゃないとわかんないよねえ」
茂が含み笑いでもうひとつ食べる。
「わかんない味ですよね。では自分ももうひとつ…」
進も次の一個に手を伸ばす。 正が真顔で台詞を決める。
「次は、お茶が一杯ないと、説明できんな」
正と茂と進がそれぞれ目が合い、含み笑いは笑いに変わった。
「もう、お口にあうならあうで素直に言ってください!心臓に悪いです!」
ようやく意味がわかったはるも胸をなでおろして一緒に笑う。
「あー、味見するふりして、まんじゅう怖いの真似してたな!!僕の分あとみっつとっておいてよ!」
博が割り込んでくる。
「ちょっと!!なに楽しそうにしてんのさ!!美味しいんだったら、僕も食べるよ!たえ、お茶持ってきて!」
雅が怒りながら味噌の柏餅にかぶりついた。
ー参- へ
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