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賑やかな昼下がりが過ぎ、夕餉の膳が奥の座敷にしつらえられた。

玄一郎が注文した鎧兜はなかなかに勇ましく壮観であった。
大きな花瓶には九十九院から送られた菖蒲が見事に活けられている。
縁側から庭に目を移せば、抜けるような青空に鯉のぼりが悠々と泳いでいる。

部屋についたら、赤ん坊はすぐ眠ってしまったので、玄一郎への到着の挨拶は勇とはるだけで行っていたから、玄一郎はこの席で初めて孫の顔をみた。

はるが赤ん坊を抱いて玄一郎の前に進む。

「玄一郎様、元気な男の子です。目元が涼やかなところが、おじいちゃま譲りです。抱いてただけますか」

目元の涼やかさは父親である勇そっくりなのだが、勇の切れ長のまなざしも玄一郎似なのである。勇がはるの言葉をうけて続ける。

「父上、初孫です。宮ノ杜の発展を願ってお願いいたします」

「………う、うむ。赤子を抱くのは雅以来だから、もう随分と久しいな」

平助は、おじいちゃまと呼ばれたときに玄一郎の耳がうっすら赤くなったのを見逃していなかった。髭をいじるのは、気持ちを隠そうとするときの癖だ。

まだ首も十分には据わっていない赤ん坊を玄一郎がこわごわ抱く。
実際、それぞれの奥方とはほとんど家庭的な時間も持たず、赤ん坊を抱くことなど、十指に余るほどだった。
はるが抱き方のコツを玄一郎に教える。
そのとき、息子たちそれぞれの妻が教えてくれたときの声が耳によみがえった。
”懐かしい”そんな感情が玄一郎を揺さぶった。

首をささえていないとちょっとむずかったが、赤ん坊はすぐにすやすやと玄一郎の腕の中で眠り始めた。
ずしっと重く感じられる。
少し湿ったような高い体温。
息子のときは、将来家督を譲ることとか、自分自身もまだ野心が猛っていたので、ここまで赤ん坊を抱くということを感じたことはなかったのかもしれない。

 ”孫とは、かわいいものであるな”

平助にも千富にも語らないであろう言葉を玄一郎は胸のうちでつぶやいた。

「……もう眠りおったわ。こやつ、宮ノ杜を継ぐにふさわしい大物になるであろうな。逞しく育てよ」

いつもの声色に戻ったようであったが、まだ耳が少し赤いのを平助は目の端で見届けていた。

九十九院が紅を伴ってやってきた。
茂が「みちのく酒田のお酒なんだって」と初孫を出す。
手際よく、たえが集まった人々の杯に注ぐ。

玄一郎が杯を高く上げる。

「……跡継ぎ誕生を祝い、宮ノ杜の発展を願って…乾杯…!」

「乾杯!」

錚々たる顔ぶれはまさに宮ノ杜ならではであった。

酒が進むと、喜びが座に満ちる。
トキが「勇の赤ん坊のころはなあ、おへそが…」と語りだし、「やめんか、トキ!」と勇が冷や汗をかきながらそれをとどめようとする。
周りが面白がって聞きだすごとに、どっと笑い声があふれる。
守は彼なりの距離感で縁側から鯉のぼりを見上げて渋茶をすすり、ちまきを食べている。皿のうえにはいつのまにか取り置いていた味噌の柏餅が置いてあった。
屋敷が賑やかになるころ、そっと玄一郎は書斎へと戻った。

この日、玄一郎は、はるの故郷近くの温泉地に私鉄を引き、遊園地の建設を含めた温泉保養地造成に着手した。
完成するのは二年後のことである。

夕暮れの青さを増す空に鯉のぼりが華やかに泳いでいた。





















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