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宮ノ杜家の庭は新緑の間から差し込む光に満ちている。
 夏を思わせる日差しのなか、使用人たちがいそいそと立ち働いている。

 皐月である。

 庭に集まった数人の使用人たちに、たえがきびきびと指図している。

「はい、そこの新しく入ったあなた!もうすぐ銀座の百貨店と和菓子屋さんからいろいろ届くから、来たらすぐに男手を呼んで奥座敷の五月人形の横にに運んでね。それまで鯉のぼり、上げるわよ。…それにしてもいい絹ね」

 本条院トキの発注で千代子様お見立ての鯉のぼりは、恐らく京で手に入るなかでも最高のものなのだろう。染めも鮮やかに、絹の艶が陽光にまばゆい。 宮ノ杜の紋も染め抜かれている。
見とれている暇もなく、千富から声がかかった。

「たえ、菖蒲が九十九院様から届きました。活けて頂戴」

「はーい!ただ今参ります!」

 勇が家督を継いだのを期に、千富は先代当主専属となって一線を退いた。
 代わりに、たえが使用人頭に抜擢され、大忙しだ。

 先代当主は、勇が軍の仕事で多忙なことにかこつけ、今も実務の大半を担っている。 立場上隠居して身軽になればこそできることも増えたようで、以前ほど不穏な動きはないものの相変わらず宮ノ杜の周囲には玄一郎ならではの”お付き合い”があるようだ。玄一郎の険しい相貌は当主のときとさほど変わりがない。気難しさはもちろんのことである。

 たえは手の上の色鮮やかに染められた鯉のぼりをたたむ。

「全く、忙しいったらありゃしない」

 そういう言葉と裏腹に、たえの声は嬉しそうであった。
 玉砂利を踏んで喜助がやってくる。

「よっ!おたえちゃん。今日も張り切ってるねぇ。ま、おはるちゃんが里帰りから戻ってくるんだから、気合の入り方も違ってくるってもんかい?」

「おはるちゃん、じゃなくて『奥様』でしょ?それに若様の初節句なんだから、がんばらなくちゃ。勇様は、お休みごとに何時間もかけて奥様のところに会いに行って、…って、ちょっと!喜助さん、鯉のぼりのしっぽ!踏んでる!!」

「おっと、こりゃいけねぇ、退散、退散っと」

「あ!待ちなさいよ!ちょっと手伝ってよ……もう!」

 たえはその場の数人に鯉のぼりの指示を出して、菖蒲を生ける花瓶を選びに倉庫へ向かう。
 花瓶を持たせる気満々で、喜助を追いかける。

 庭の賑やかさは、開け放たれた玄一郎の窓にも聞こえていた。
 平助が新茶を淹れて玄一郎に差し出す。

「楽しそうな声が響いてまいりますな」

「うむ」

 ひと月ほど前、武者鎧を買いに行ったときの玄一郎は気前が良かった。
 いつぞやの舞踏会のとき、はるにドレス一式を買い与えたときのように。

 平助には、その様子から玄一郎が初孫を喜んでいたように思えたのだが、初孫との対面の日にしては普段とさほど変わらぬ様子なのが意外だった。

「玄一郎様の初孫ですからなあ。私も心待ちにしております」
 
 平助お得意の質問を極力避ける話しかたである。
 初孫をお迎えになるお気持は、と問わずにこういう表現を使うことで、玄一郎が話したければ話すだろうし、答えたくなければ聞き流すという様式のようなものがこの二人には出来上がっている。

「勇のやつは私ほど酔狂なことはすまい。いずれ跡取りになる赤子だからな。祝い事くらいはしっかりと整えてやらねば。…宮ノ杜の名に恥じぬようにな」

 玄一郎特有の硬い声色であった。


-弐- へ












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