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博「あれ?はる吉、いまごはん?一人で食べてるの?」

はる「はい(すこし形が煮崩れた鰈をそっと博の視線からはずす)」

博「んふ、なんかおいしそう」

はる「だ、だ、だ、だめです、これはちょっとまだ形が煮崩れて」

(皿と箸を奪ってぱくつく博)

「ん、うまい!はる吉上手じゃない、ほら、あーんして」










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「正様、お仕事お持ち帰りですか?」

「まあな。少し時間がかかりそうだからお前は先に休んでおけ」

「いえ!正様がお仕事なさるのでしたら横で扇いでいます!」

「そうか?では頼む」

一時ほど正は机に向かう。

窓から蛍が入ってきた。

真っ先に何か言いそうなはるが静かだ。

正はその寝顔にくちづけた












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はるの足音に気づいたのか正が振り返り、目的を達成したことを見て取ると小さく頷いてそのまま三好との会話を続ける。

 はるは邪魔をしないよう、すこし距離を開けてついてゆく。

 正の後姿をゆっくり見ながら歩くのは初めてかもしれない。面と向かっていると気づかないが、正の背中は広い。張り詰めたようにも思える佇まい。桜の下を歩く正はとても大人に見えて、ただ憧れるような気持ちでぼうっと眺めていた。

 並木道が終わるころ、正と三好は立ち止まり、三好が挨拶をした。

「じゃあ、僕はここから大學に戻ります。今日は宮ノ杜さんと良いお話ができたし、桜も堪能できた。かわいらしいお嬢さんもいてよい一日でした」

 正も向き直る。

「こちらこそ、木材のことは門外漢で貴重なお話を拝聴できて非常にありがたい時間でした。今日教えていただいたことをを心にとめて、帝都の経済の発展に役立てることができると思います。三好子爵、つまらないものですが…」

 正がはるからゴウフルを受けとって三好に差し出す。

「おや、いつのまに…。僕は自分の研究の話になるとすっかり他のことは目に入らなくなるのですが…。ではありがたく頂戴いたします。なかなかよくできた使用人さんですね」

 そういって、三好ははるに優しい微笑を向け、正に礼をしてから木々の間をゆったりと大學に向かって歩き出した。

 お辞儀をして見送ったところで、正がふっと小さな息を漏らした。

「ご苦労だったな、はる、おかげで三好子爵から良い話を聞けた」

 ぐしゃぐしゃとはるの頭をなでる。

「ふぅ…それにしても暑いくらいの陽気だな」

 正が少しネクタイを緩め、肩の力を抜いた。

 自分の前で気を抜いてくれたことが嬉しくて、はるが微笑みながら正を見上げる。

「はい!」

 はる桜色に染まった笑顔が可愛らしく思えて、正の胸が音をたてた。


 …使用人ごときに何をうろたえているのだ、私は。


 正はひとつ咳払いをすると「帰るぞ」と言うが早いかすたすたと歩き出した。はるが小走りで歩いてくる。

 正は目の端で確認しながら、その様子も可愛いと思えるとは、いよいよ春の陽気にあてられたのかと思う。

 ただ、入ったばかりの頃はまったく使い物にならないと思っていた田舎娘が、今日は命令したことをこなしただけでなく、少し離れてついてくるなどの心配りができるようになった成長は認めてもよいだろう、という気になった。そもそもが、桜に見とれて私にぶつかるような娘なのだ。はるといると、それまで固めてきた宮ノ杜正が少し緩む気がする。だから、この娘を近づけないようにと警戒もする。なのに、どうしてなのだ。人にぶつかりそうになるはるをほうっておけない。正は歩みを遅くしてはるの手を掴む。はるの「正様?」という声を聞こえないふりをして、歩く。



 春の日差しのなか、やわらかな桜色につつまれて、二人は歩く。

 ただ、手をつないで。




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銀座から上野まで、甍の間に間に桜が湧き立つように薄紅色を添えている。上野の端で車を降りると、濃紅の枝垂れと八重が枝いっぱいに花をつけていた。

「わ…」

「これは…見事ですな」

 はると正は思わず感嘆の声をあげる。

「ふふ、すばらしいでしょう。ああ、今朝よりももっとほころんでいるね」

 三好が樹を愛おしむように目を細めて見上げる。知的で穏やかな風体のこの子爵は樹のことが本当に好きなのだとわかる。

 すっとはるの顔の近くに影が差したかと思うと、正の顔が耳のそばにあった。

 心臓がどきん、と大きく音をたてる。

 正が三好に聞こえないようにささやいて、はるに指示を出す。

「風月堂はわかるな?これで子爵の分と当主の分の缶を二つ買って来なさい。私たちは並木に沿ってゆっくり歩くから追いつけるだろう」

 正が紙幣をはるに握らせる。

 指示を受けるのはいつものことなのに、顔の近さと手のぬくもりに戸惑ってしまう。

 はるは顔を真っ赤にしてこくこくと頷いた。

 それを確認した正のまなざしにあるかなきかの微笑が宿る。まかせた、と言われたようで、背筋が伸びる。

 正は怖い。いつも叱られてばかりだ。けれど…。

 三好の優しげな笑顔は正の険しい瞳とは対照的だ。宮ノ杜に来る前なら三好家でお勤めをしたいと思っただろうし、三好にも憧れたかもしれない。しかし宮ノ杜で叱られることばかりでも、時折見せる正の瞳に宿る笑みに惹かれる気持ちが抑えられない。



 …正様に認められたい。



はるの心には、はっきりとその決意がある。

 ゴウフルというお菓子は博覧会で大賞をとったと話題になったから知っている。お店の前も花見客で賑わっていたのですぐわかった。急いで買って、並木へと戻る。

 染井吉野の並木は、さらに淡紅の花房を空いっぱいに広げていた。麗らかな日差しに花芯の紅が映える。ざ…と風が吹けば、花びらが舞い、人々から歓声が起こる。

 花吹雪の向こうに正の背中が見える。



 凛とした背中。

 追いつきたい。



 はるの心がはやる。

 早足になる。

 人の間をすり抜けて、胸いっぱいに息を吸い込む。

 桜がこんなに香るなんて知らなかった。



  ひらり ひらり

  きらり きらり  



 まるで桜吹雪が光っているよう。

 田舎にいたら、こんな思いは知らなかった。

 正様が私を使用人としか見てくれなくてもいい。

 一番信頼してもらえるようになりたい。

 誰よりも、正様に…。



-参- へ














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春一番が吹いたかと思うと翌日の帝都は陽気に包まれ、みるみる桜のつぼみがほころんだ。

  さくら さくら やよいの そらは  

 銀座に買い物を頼まれたはるが道すがら桜にみとれながら口ずさむ。

  みわたす か ぎ …んぐっ

「す、すみませんっ」

 人にぶつかってしまい慌ててあやまると、見覚えのある白い背広だった。

「あ、正様!」

「はる、またお前か!…まったくお前はどこをみて歩いているんだ」

 正が眉間にしわを寄せてため息をつく。

「すみません、桜がきれいで見とれていました」

「もういい…」

 そのやり取りを横でみていた男性が微笑む。柔和な面持ちと知的な雰囲気が漂う背広姿。

「ははは、かわいらしいお嬢さんだ。宮ノ杜さん、その方は?」

「三好子爵。これはお見苦しいところを…。うちの使用人なのですが、行き届かなくて恐縮です」

子爵と呼ばれた男性は、学者のようで、正と話しこんでいるところだった。

「いえいえ、僕だって桜の下を通るときは思わず見上げてしまいますからね。桜には人を惹きつける力があるのですよ。ああ、そうだ、この陽気で上野の桜も咲き誇っていることでしょう。どうです、せっかくですから上野を歩きながら話しませんか」

「それは良いですな、さっそく車を回させましょう。はる、車の手配を頼む」

「かしこまりました!」

 はるが宮ノ杜銀行の受付に伝えに行くとほどなく車が正たちの前に来た。正たちが乗り込んだあと、お見送りのつもりでお辞儀をしかけたはるに三好子爵が声をかける。

「桜がお好きなようだから、そこのお嬢さんも一緒に」

「子爵、使用人のことはお構いなく」

「宮ノ杜さん、使用人であっても桜の下でほころぶ心は同じですよ。僕は木材の研究をしているけれど、桜ほど人を微笑ませる樹はないと思うんです。桜を愛でられる時間は短い。ましてや今日は上天気だ。ここは僕に免じて」

「そうまでおっしゃるのでしたら。いたみいります。おい、早く乗りなさい」

「はいっ!ありがとうございます!」

 上野の桜。田舎の桜並木より数倍も大きな樹が並ぶという。うわさには聞いていたけれど見られることになるなんて思っていなかった。車中では、正と三好が木材のこと、これからの製紙工業のことについて話している。正が通貨の流れだけでなく将来的なこの国の動きを考えているのが、詳しくわからないなりに、はるにも感じ取れた。


-弐- へ 











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