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銀座から上野まで、甍の間に間に桜が湧き立つように薄紅色を添えている。上野の端で車を降りると、濃紅の枝垂れと八重が枝いっぱいに花をつけていた。

「わ…」

「これは…見事ですな」

 はると正は思わず感嘆の声をあげる。

「ふふ、すばらしいでしょう。ああ、今朝よりももっとほころんでいるね」

 三好が樹を愛おしむように目を細めて見上げる。知的で穏やかな風体のこの子爵は樹のことが本当に好きなのだとわかる。

 すっとはるの顔の近くに影が差したかと思うと、正の顔が耳のそばにあった。

 心臓がどきん、と大きく音をたてる。

 正が三好に聞こえないようにささやいて、はるに指示を出す。

「風月堂はわかるな?これで子爵の分と当主の分の缶を二つ買って来なさい。私たちは並木に沿ってゆっくり歩くから追いつけるだろう」

 正が紙幣をはるに握らせる。

 指示を受けるのはいつものことなのに、顔の近さと手のぬくもりに戸惑ってしまう。

 はるは顔を真っ赤にしてこくこくと頷いた。

 それを確認した正のまなざしにあるかなきかの微笑が宿る。まかせた、と言われたようで、背筋が伸びる。

 正は怖い。いつも叱られてばかりだ。けれど…。

 三好の優しげな笑顔は正の険しい瞳とは対照的だ。宮ノ杜に来る前なら三好家でお勤めをしたいと思っただろうし、三好にも憧れたかもしれない。しかし宮ノ杜で叱られることばかりでも、時折見せる正の瞳に宿る笑みに惹かれる気持ちが抑えられない。



 …正様に認められたい。



はるの心には、はっきりとその決意がある。

 ゴウフルというお菓子は博覧会で大賞をとったと話題になったから知っている。お店の前も花見客で賑わっていたのですぐわかった。急いで買って、並木へと戻る。

 染井吉野の並木は、さらに淡紅の花房を空いっぱいに広げていた。麗らかな日差しに花芯の紅が映える。ざ…と風が吹けば、花びらが舞い、人々から歓声が起こる。

 花吹雪の向こうに正の背中が見える。



 凛とした背中。

 追いつきたい。



 はるの心がはやる。

 早足になる。

 人の間をすり抜けて、胸いっぱいに息を吸い込む。

 桜がこんなに香るなんて知らなかった。



  ひらり ひらり

  きらり きらり  



 まるで桜吹雪が光っているよう。

 田舎にいたら、こんな思いは知らなかった。

 正様が私を使用人としか見てくれなくてもいい。

 一番信頼してもらえるようになりたい。

 誰よりも、正様に…。



-参- へ














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