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元譲さんと明日出かけることになって、衣もプレゼントされた。
孟徳さんから「帰りは明後日でいいからゆっくりしてきなよ」と伝言があった。
孟徳さんから「帰りは明後日でいいからゆっくりしてきなよ」と伝言があった。
これって、デートというか、お泊りデートだよね。
侍女さんが衣装箱を運んでくれた。取り出して衣と髪飾りと靴を並べる。
普段着ている衣より、フェミニンな感じ。これもきっと高価なものだと思うんだけど、私の好みにあってて、気分が上がる。
侍女さんが「すてきですね、優しい色が花様に似合いますよ」と衣を私にあててにこにこしている。
「元譲様とお出かけになるのですもの、明日は私が腕によりをかけて綺麗に着付けますね。城のみんなも、元譲様が花様とお幸せそうにしているのをみて喜んでいるのですよ」
優しくて面倒見がいい元譲さんはみんなから好かれている。
孟徳さんが私にちょっかいかけていたときは侍女さんたちの冷たい視線が刺さった。その時とはかなり違う。会う人会う人、口々に恋人になったことを祝福されて、なんだかとてもくすぐったい。
うーん、あれかな、もとの世界にいたときよく見ていた番組で農作業とかしてたアイドルグループのリーダーみたいな感じかな。相手ができるとファンも安心するっていうか喜ぶっていうか。
「ありがとうございます」
「湯をお使いになりますよね、いまお支度いたします。あの、これはさしでがましいようですが、私から」
侍女さんが差し出した小瓶には、香油が入っていた。ほのかにフルーツの香りがする。
「いい香り」
「杏の種からとった油です。街の女の間では良い香りで流行っているんですよ。湯を使われた後の髪になじませるとしっとりして手触りも柔らかくなります」
トリートメントみたいだ。いつも髪を洗った後何もつけずに自然乾燥するしかなくてばさばさになりがちだったから、これは嬉しい。
「わあ、いいんですか?」
「はい、では明朝、夜明け頃、お支度に上がりますね」
侍女さんは湯の支度を済ませてそういって部屋を出て行った。
湯で身体をきれいにして髪を流す。タオルドライした髪先に香油をなじませて乾くのを待つ。鏡の前で髪飾りをあててみたり、衣を羽織ってみる。
国も時代も違うところに飛んできたけど、デートの前日の支度にどきどきするのは同じだと思う。
学校にいたときは、元譲さんみたいな年上のごつい人を好きになるなんて思ってもいなかった。
この世界に飛ばされて、私が玄徳さんのところで出した策は元譲さんの兵士たちの命をたくさん奪った。川に落ちて孟徳さんのところに拾われて、初めて元譲さんや文若さんと会ったとき、元譲さんは厳しい顔をしていて怖かった。でもそれは当たり前だ。私だって自分が仲良くしている後輩たちが傷つけられたらきっと穏やかではいられない。それ以上のことを私の策が招いてしまったのだから。
元譲さんの目の傷痕も凄みがあった。挨拶するのにも勇気がいった。でも話しかけてみると、思ったより穏やかに話してくれた。
孟徳さんの計らいで、城にいることになったけれど、元譲さんと顔を合わせるたびに博望でのことが後ろめたくて、会った後は胸がちくりと痛んだ。
孟徳さんに言いくるめられないよう忠告をくれたのは元譲さんだった。でも博望のことの謝罪はさせてくれなかった。それは元譲さんは私をこの戦乱の世界の一人の人間として対等に接してくれていたからなんだと今になって思う。
嘘のない元譲さんは、孟徳軍に来て居場所のない私には信頼できる大切な人になった。
はじめはお父さんのような、先生のような、そんな信頼感だった。烏林から戻って、孟徳さんに本の返却を取引条件に士官することを求められて困っていたとき、助けてくれたのも元譲さんだった。
本で黄巾党の時代に飛ばされた時も、本のことを正直に話せる気になったのも元譲さんならきっと大丈夫という信頼があったからだ。
亮君の家で護身術を教えてもらったときは、本当に部活の顧問と生徒みたいな気分だった。手加減はなかったけど、教えるのが上手で、頼れる人がいる安心感があった。
一緒にいる時間が長くなるほど、見た目の怖さよりも、穏やかで優しい元譲さんのいいところに気づくことが増えた。
街で怖い目にあって、涙がとまらなくなって元譲さんの腕のなかで泣きじゃくった。こっちの世界に飛ばされてから、心の奥底に押し込めていた思いがあふれて止まらなかった。元譲さんにとっては、本のせいで巻き込まれてしまったのに、ただ「そうか」と受け止めてくれた。それが、私にはあの時なにより必要だった。怖くて悲しくて泣いていたのに、元譲さんの相槌が優しくて、また涙がこぼれた。
うとうとして寝台に運ばれた時、本当は目が覚めていた。
でも、この暖かな腕の中にいたかった。
ずっと私は心細かった。
わがままだとわかっていても腕の中に包まれていたかった。
だから、しがみついて離れなかった。
ずるいけれど、元譲さんなら、しがみついた手をほどかないと思った。
でも、この暖かな腕の中にいたかった。
ずっと私は心細かった。
わがままだとわかっていても腕の中に包まれていたかった。
だから、しがみついて離れなかった。
ずるいけれど、元譲さんなら、しがみついた手をほどかないと思った。
背中に添えられた手が暖かかった。
おでこにあたる元譲さんの髭がちくちくして、小さなころお父さんにじょりじょりされるのが大好きだったことを思い出した。
その夜、私は本で飛ばされてから、初めて安心して眠れた。
元譲さんのごつくて大きな手が私は好きになっていた。
元譲さんが結んでくれた玉は今もずっと手首につけている。
渡河で涼州兵に囲まれた時も火事のときも元譲さんが助けてくれた。
手を伸ばせば、あの、大きい手が引き寄せて守ってくれる。
好きな気持ちを伝えたけれど受け入れてはもらえなかった。
私が自分の国に戻るほうがいいから、と。
だけど私が元譲さんの傍にいることを選んだ。
暖かな手の、いつも人のことを先にしてしまう優しくていかつい人から離れたくなかったから。
本はもう表紙の色が変わることも光ることもない。
行李にしまってある。
恋人になってから、二人でいると優しくキスしてくれる。
大事にしてくれているのがわかる。
さっきの感触を思い出すとどきどきする。
髭が少し当たるけど、唇は柔らかくてあたたかい。
お泊りデートだから、もしかしたらその先も…あるかもしれない。
どうしよう、こっちの世界に残ると決めたけど、その心の準備はまだしてなかった。
鏡に姿を映す。
元譲さんからみたら私なんて子供なのかな。
色気とかある気がしないし…。
胸元も侍女さんたちから比べるとぺったんこというか…。
鏡の前で流し目とかポーズを作ってみる。
「……だめだ、ぜんぜん似合ってない」
がっくりと膝をつく。
「一晩じゃどうにもならないか。数年後に期待してもらお」
寝台に転がると髪先から杏油の香りがほのかに漂った。
いつもと違う香り。
いつもと違う自分になるのかな…。
そう思うとおちつかなくて、何度も寝返りをうっていたら朝になっていた。
侍女さんが自分で着るときのことを教えてくれながら着付けてくれる。
ほんのり化粧をしてもらって準備ができたころ、元譲さんが迎えに来てくれた。
「おはようございます。いただいた衣、どうですか?」
「…うん、似合っているな」
元譲さんがちょっと照れてそっぽを向く。
よかった。気に入ってくれたかな。
馬に乗せられて後ろから私を抱え込むように元譲さんが手綱をとる。
背中がくっついてなんだかうれしい。
行先は半日ほど馬を駆けた山裾の温泉が湧く宿らしい。
「元譲さんと二人で旅するの、本で飛ばされて以来ですね」
「そうだったな。街に出かけるくらいしかできなくて…街に出れば出たで落ち着かなくてすまなかった」
「元譲さんがみんなに好かれてるのがわかっておもしろかったのでいいんです」
「おもしろいって」
「だって、元譲さん、自分のことになるとすごくうろたえるから」
「花はその、俺が相手でみんなからあれこれ言われるのは嫌じゃないのか」
「どうしてですか?」
「俺は花よりずっと年が上というかおじさんだし…いかついし…」
「まだ気にしてるんですか?」
見上げると元譲さんは目をそらす。
「もう、ずるいです。私は元譲さんが好きだからここに残ったんですよ。何回言わせる気ですか」
洛陽で寝たふりをしてしがみついていた私が言える立場じゃないけど。
ぷうっとふくれっ面をすると「すまなかった」と優しいキスが降ってきた。
耳元で「気にするほど俺は花のことが好きなのだ」とささやかれた。
恋をすると、相手の気持ちを知りたくなったり、傍にいたくなったりして、ずるいことしてしまうものなのかも。
日が高くなった。小川の傍で馬に水を飲ませて休憩をとらせながら私たちも昼食をとることにした。
竹籠のなかにふっくらおさまっている厨房のおじさん特製の包子には私の好きな筍とお肉がいっぱい詰まっていた。
こんなにゆっくり二人で話しながら遠出するなんて、洛陽目指していたときみたい。
「んー、おいしかったですね。おなかいっぱいです。…あっ」
「大丈夫か、花。見せてみろ」
「大したことないです、ちょっと籠から竹が弾けて指を切っただけですから」
「いや、手当しておこう、薬草に使えるものが生えている。水で傷口を洗ってからにしよう。こっちへ来れるか」
「ふふっ、元譲さんは心配性すぎです」
「あ、いや、普段はそんなことはないぞ。自分や兵士ならほうっておく」
「私にだけ、ですか?」
「……ああ、そうだな。ほら、手をだせ」
元譲さんが小川の水を掬って傷を流してくれた。
元譲さんが小川の水を掬って傷を流してくれた。
近くに生えていた草を摘むと青い草の匂いがした。
「あ、私、この花見たことあるかも」
「あ、私、この花見たことあるかも」
「これは傷薬に使う…戟葉蓼という名前だったかな。…花まではあまり気にしていなかった」
先端がピンク色の小さな花がいくつか集まって咲いている。
「この花、かわいいから覚えてます。おばあちゃんちに行ったとき、用水路の脇に生えてました。私の国だと、んーっと…ミゾ…なんとか。あ、ミゾソバって言ったような。ありふれた野草だけど花がかわいくて好きなんです」
「そうか。遠い国のはるか先にもこれは咲いてるんだな」
不思議なめぐりあわせで元譲さんを好きになった。
時と場所が違っても同じ花が咲くことがなんだか私たちみたいだった。
揉んだ葉を傷口にあてた元譲さんがふと手を止めた。
「元譲さん?」
「せっかくだから花で巻こうと思ってな」
そういって、元譲さんは何本か花を摘んでぐるぐる巻きにした。
なんだかすごくうれしい。
元譲さんのこういうところも大好き。
「ふふっ、お花の指輪みたい」
花で結んでもらった指を空にかざして眺める。
「後でほどけてきたら布で巻いてやる。そんなに嬉しいなら、今度、市で…」
「ううん、そういう『物』がほしいっていうより、元譲さんに指に巻いてもらったのが嬉しいっていうか…小さいころから憧れてたシーンみたいで」
「憧れていた?」
「私の国では愛する人から指輪をもらうのは特別なことで…指輪をはめてもらうっていうのはもっと…その…特別な…」
「特別な?」
「け…っこん式のときっていうか…」
「花、教えてくれ、お前の国ではどんなふうに指輪を贈るんだ?」
「ええっと、その、結婚式は左手の薬指で…エンゲージは右手の薬指…です」
「エンゲージ?」
「婚約、ですね」
「……花」
元譲さんがミゾソバの花をいくつか摘んできて縒り合わせて輪をつくる。
私の右手をとった元譲さんの手は緊張のせいなのか冷たかった。
「花、これからも俺の隣にいてくれるか?」
元譲さんの穏やかな低い声。
「はい…ずっと元譲さんのそばにいます」
迷うことはない。
私はもうずいぶん前に選んでいる。
「俺はお前より先に爺さんになるぞ?」
「はい…私はおばあさんになって元譲さんの隣にいたいです」
「愛している、花。俺の妻になってくれ。ずっと…ずっと大切にする」
「はい…」
元譲さんが私の右の薬指に花の指輪をはめる。
嬉しくて涙がこぼれた。
元譲さんが親指でぬぐって、頬にキスをする。
「ずっと、ずっと離さないでくださいね」
背伸びして首に腕を回してキスをした。
「ああ、ずっとだ」
こつんとおでこをくっつけてどちらからともなく微笑む。
お父さん、お母さん、彩、かな、もう会えないけど、私はここで幸せになるね。
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