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ここは…どこだ…こんな飾り気のない広間で、机が並べられてなぜ同じ方向を向いて静かに座っているのだ。そして、みんな文若が好みそうな黒っぽい服を着ているのはどういうことだ。花の着ている上着の男版といったところか?平服よりは硬い格好だが…いったい…お?俺も?いつのまにこの服を??けっこう肩がこるな。扉よりに座っている男に案内の女官が声をかけてどこかに連れて行かれている…。しかし、この部屋には戻ってこない。扉よりの席が空くと全員が一つずつ椅子をずれて詰めていく。いったい何が起こっているのだ。

 前に座っている者が手元で何か本を取り出した。『面接必勝!よくある質問集』と書かれたそれを前の席の者がぱらぱらとめくる。見える範囲で様子を伺うと、どうやら、これから面接官がいるところに一人ずつ連れて行かれ、接見のようなことをするらしい。礼儀正しく、自分の長所を主張するという試験のようだ。

 状況をみていると、順繰りに席を移動し、俺が呼ばれる番になった。
 案内の女官に連れて行かれ、先ほどの部屋から少し離れた部屋に入る。
 長机の奥にいる、あれは…周公瑾?そして、魯子敬ではないか??ここは孫家の採用面接か???いや、俺は孟徳のところから動く気はないが…それにしても、公瑾のやつ、周美郎と言われるだけある…この肩のこる装束も違和感なく着こなしている。奴の整った顔立ちに白い襟が映える。子敬は…平服とそれほど雰囲気が変わらない。
 
 書類から目を上げずに公瑾が名を呼ぶ。
「では、これから面接を始めます。夏候さんですね」

「は、夏候元譲と申します。本日はよろしくお願いします」

 子敬は笑顔を湛えゆっくりとした調子で話しかけてきた。
「どうぞおかけください。ふぉふぉふぉ、緊張しておられますかな、肩に力が入っていますよ」
「は、恐縮です」

 どうやら子敬は和ませる役割のようだ。それにしても、なんだこの状況は。面接官の前には横長の机があって、こちらには簡素なつくりの椅子が空間にぽつんとあるだけではないか。しかも相手は二でこちらは一。心もとないことこの上ない。これで緊張しないわけがない。公瑾は淡々と質問を進めていく。

「元譲さんは、これまでどのような活動に取り組まれてきましたか」

「勢力争いにおいては、軍を率いた実績があります。丞相の補佐として政務も担いました。官渡の戦いの時期では土木作業にも取り組みました。その際、都市計画の実践をしています。農業において災いとなったイナゴの駆逐にも注力いたしました。それぞれにおいて心がけたのは、政を担う側と、民それぞれが満足し、国が豊かになるようにすることです」

 なぜ俺はすらすらと答えているのだ。

 公瑾が片眉をあげてこちらを見る。
「ほう、幅広く活躍された実績をお持ちなのですね」

「ありがとうございます」

 子敬が質問する。
「そのようにご活躍されるにあたって、人間関係ではどのようにふるまわれるよう心掛けておられますかな」  

 そうだ、先ほどの控室で前に座っていた者の本には潤滑油とあったぞ。

「はい、自分は潤滑油のような人間と自負しております。所属している孟徳軍では能力が高いが故に独走してしまうこともある丞相と、長く共に仕事はしておりますが堅物で融通の利かない政務官との間に立ち、潤滑油のような働きを…」

 公瑾がぼそっと「また潤滑油学生ですか…」とつぶやく。

 そんなにうんざりした顔をするな。潤滑油だって大変なんだぞ。孟徳の暴走を時に諌め時に支え、文若との衝突を回避し…。
 そして、待て、俺。これを主張したら、またそういう、間に挟まる立場になってしまうのではないか。

 それは、それだけは…!!

「潤滑油…うーん…潤滑…ゆ…」

「元譲さん?」

 聞きなれた天女のような声がする。

「大丈夫ですか?」

 はっと目をあけると、花が心配した顔で俺を覗き込んでいた。

「花!」

 思わず抱きしめる。そうだ、ここは俺の家で、花は隣に寝ているのだ。

「元譲さん?なんかうなされてましたよ?潤滑油って寝言を言って…」

「…おかしな夢をみていたようだ」

「この時代にも潤滑油って言葉があるんですね」

 屈託のない笑顔で花が言う。

「私のいた時代にも、本当に物の滑りをよくする潤滑油もあるけど、人の間がうまくいくように気遣いできる人を潤滑油に例えたりして、よく就職活動で使う言葉なんです。そういえば、元譲さんって、孟徳さんと文若さんの間に入って、孟徳軍の潤滑油みたいですよね」

「あ、ああ…それは…長年のことで気が付いたらそういう役割になってしまったというか…」

 歯切れの悪い言い方になる。

「そういうの、不本意な感じですか?」

「ああ…いや…その…まあ、なんだ。あいつらのように我が強くいられるのは、羨ましくもあるのかもしれん」

「うーん、でもみんなが我が強すぎたら孟徳軍ってこんなふうにまとまらなかったかも」

 花がこつんとおでこを付けてくる。

「人をまとめるってとっても大変ですよね、きっと。主張して前に出ていく人も必要だけど、まとめる人が一番大変なんだろうなって思うんです。私が学校にいた時に、行事で何かするときもまとめ役が大変なのはみんなわかってて、30人くらいのことなのに委員長をしたがる人があまりいないくらいだったから」

 花が照れくさそうに、軽く唇を重ねた。
 共に暮らすようになって、少し大人びた仕草をするようになった花が日に日に愛おしい。

「孟徳軍なんて大きなところでその役割を果たしてる元譲さんってすごいなあって思ってるんですよ」

 花に笑顔でそう言われると、俺の役割がとても大事なもののような気がしてくる。まあ、あいつらを諌めながらやっていけるのは俺くらいなんだろう。

「俺の気持ちを和らげる策はお前が一番よくわかってるようだな」

「元譲さんの軍師ですから」

 得意げに笑う花がかわいい。
 花が俺の隣にいてくれることが何よりありがたかった。

 薄明りのなか、どちらともなく唇を重ねた。
 やがて唇は深く重なり、俺は花を優しく慈しむ。 夢よりも確かな花のぬくもりを。





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