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「…また、失敗してしまった…」
宮ノ杜物産に内定をもらった研修生のはるは屋上のドア横でひざを抱えていた。伝票の入力ミスはいうまでもなく、お茶をいれればお客様の目の前でこぼし、応接室の掃除をすれば壺をを割る。先輩のたえの呆れ顔が今も目の前に浮かぶ。
「…あんたが、なんでうちの内定とれたのかわかんない」
つきはなすようなたえの声。
思い出すと涙がにじんでくる。
「春からOLになってがんばろうって思ってたけど仕事するって私に向いてないのかも」
そんな弱気な気持ちにからめとられそうになる。
暦では3月になっても春はまだ遠い。日が落ちるとさすがに寒く、体が冷え切ってしまった。もうこの時間ならロッカールームは人が少ないだろう。帰ろうかと思ったとき、屋上の扉をあけて背の高い男性がやってきた。きちっと固めた髪に眼鏡。スーツが似合う凛とした雰囲気。男性は携帯で誰かと話しているようだ。屋上を抜ける強い風が前髪を崩して揺らす。はるは目を奪われていた。
「…ああ、ああ、わかっている。すまない、デュッセルドルフからの報告待ちでな。やす田には少し遅れる…いや、主賓といわれてもだな、誕生会という年でもないしな…ああ、とにかく先ににやっていてくれ、紀夫。聡子さんにもよろしくな」
聞くともなしに聞いてしまったけど、誕生日にも残業なんて。この人にとって仕事ってそんなに大切なものなんだ…。はるはまだ研修でたいしたことしていないのにこんなにへこんでいる自分が恥ずかしくなる。
それにしても、この男性が振り返って帰ろうとしたら、間違いなく自分は聞こえている位置のドア横にひざをかかえていて、これは、いったい、どうやって退場したらいいのかな、など考えをめぐらそうとした瞬間。
「…っくしゅ!!」
はるは大きなくしゃみをこらえ切れなかった。ぎくっとして男性が振り返る。
「わ、す、すみません、聞くつもりはなかったんですけどっ!あの!私、し、失礼します!!」
あわてて言い訳をして、ドアを開けて階段を下り………るはずだった。冷え切った足がもつれて、踊り場まで転げ落ちてしまった。
「おい、大丈夫か!?」
男性が駆け寄ってくる。私、なんて鈍くさいんだろう。恥ずかしいことこの上ない。
「ふぇ、だ、い、じょぶれふ…」
ああ、なんて間の抜けた声しかでないんだろう。
「膝をすりむいてるな。立てるか?」
差し伸べられた手は暖かい。
「冷たい手だな、どのくらい屋上にいたんだ。あまり遅くまでいると警備がかかってロックされるぞ?」
男性の手がぐいと引き上げてくれて立とうとすると、足首に強烈な痛みが走る。
「捻ったか?…しかたないな、エレベーターまで運んでやる」
「いいえいえいえいえ、そこまでしていただくわけには!!」
「…歩いて帰れるのか?」
やや冷たいまなざしで見下ろされる。
「すみません、ありがとうございます」
ふわ、と足元が浮き、抱えられる。まさかの、お姫様抱っこ。はるが遠慮して体を離そうとすると、しっかりつかまっていろ、と低い声で諭された。普段いるフロアまで運ばれ、給湯室の椅子におろしてくれた。大体帰ってしまい、人がいない。男性は、給湯室の棚の救急箱からばんそうことシップをとりだして応急処置をしてくれた。
「ありがとうございます、こんなにしていただいて申し訳ないです」
「…それにしても、あんなところで何をしていた。ずいぶん長い時間いたようだが」
「研修で入ったんですけど、失敗ばっかりで落ち込んじゃって。仕事にむいてないのかな…って」
「お前にとって仕事とは自分を満足させるためだけのものなのか?気持ちが後ろ向きならばやめてしまえ。そういう人間が社にいても迷惑なだけだからな。ただ、はじめからできる人間はいない。よく考えろ」
「はい…。おっしゃるとおりですね。私、考えます。次にあったら、決意をお伝えします!」
「ふん、続くものならばやってみろ。お前の名前は?」
「はるです!」
「会社で名乗る名前が苗字ではなく下の名前か…」
男性は苦笑する。はるはあわてて苗字から言い直そうとすると男性はそれをさえぎって、おもしろがるような顔をした。
「では、私は正という。覚えておけ」
「はい、正さん、ですね!」
はるは急に立ち上がり、冷蔵庫からうさぎ柄のタッパーをとりだす。
「そうだ、これ!実家から送ってきたんですけど、お昼に食べそびれてしまって。聞くつもりじゃなかったんですけど、お誕生日って聞こえたので、苺です、お仕事片付く間につまんでください!父ちゃんの作る苺、美味しいんです!」
およそ、ビジネスマンらしい正には不似合いな、苺のつまったうさぎのタッパーを手にもたせ、はるはぺっこりとお辞儀をしてロッカーに向かう。とりのこされた正は、はるの背中に声をかけた。
「来週のこの時間、屋上で決意を聞かせてもらうぞ」
「はい!!」
離れたところから手を振るはるに、正は苦笑いをする。
手にしたうさぎ柄の容器のふたを少しめくると、中から苺の甘い香りが漂った。
宮ノ杜物産に内定をもらった研修生のはるは屋上のドア横でひざを抱えていた。伝票の入力ミスはいうまでもなく、お茶をいれればお客様の目の前でこぼし、応接室の掃除をすれば壺をを割る。先輩のたえの呆れ顔が今も目の前に浮かぶ。
「…あんたが、なんでうちの内定とれたのかわかんない」
つきはなすようなたえの声。
思い出すと涙がにじんでくる。
「春からOLになってがんばろうって思ってたけど仕事するって私に向いてないのかも」
そんな弱気な気持ちにからめとられそうになる。
暦では3月になっても春はまだ遠い。日が落ちるとさすがに寒く、体が冷え切ってしまった。もうこの時間ならロッカールームは人が少ないだろう。帰ろうかと思ったとき、屋上の扉をあけて背の高い男性がやってきた。きちっと固めた髪に眼鏡。スーツが似合う凛とした雰囲気。男性は携帯で誰かと話しているようだ。屋上を抜ける強い風が前髪を崩して揺らす。はるは目を奪われていた。
「…ああ、ああ、わかっている。すまない、デュッセルドルフからの報告待ちでな。やす田には少し遅れる…いや、主賓といわれてもだな、誕生会という年でもないしな…ああ、とにかく先ににやっていてくれ、紀夫。聡子さんにもよろしくな」
聞くともなしに聞いてしまったけど、誕生日にも残業なんて。この人にとって仕事ってそんなに大切なものなんだ…。はるはまだ研修でたいしたことしていないのにこんなにへこんでいる自分が恥ずかしくなる。
それにしても、この男性が振り返って帰ろうとしたら、間違いなく自分は聞こえている位置のドア横にひざをかかえていて、これは、いったい、どうやって退場したらいいのかな、など考えをめぐらそうとした瞬間。
「…っくしゅ!!」
はるは大きなくしゃみをこらえ切れなかった。ぎくっとして男性が振り返る。
「わ、す、すみません、聞くつもりはなかったんですけどっ!あの!私、し、失礼します!!」
あわてて言い訳をして、ドアを開けて階段を下り………るはずだった。冷え切った足がもつれて、踊り場まで転げ落ちてしまった。
「おい、大丈夫か!?」
男性が駆け寄ってくる。私、なんて鈍くさいんだろう。恥ずかしいことこの上ない。
「ふぇ、だ、い、じょぶれふ…」
ああ、なんて間の抜けた声しかでないんだろう。
「膝をすりむいてるな。立てるか?」
差し伸べられた手は暖かい。
「冷たい手だな、どのくらい屋上にいたんだ。あまり遅くまでいると警備がかかってロックされるぞ?」
男性の手がぐいと引き上げてくれて立とうとすると、足首に強烈な痛みが走る。
「捻ったか?…しかたないな、エレベーターまで運んでやる」
「いいえいえいえいえ、そこまでしていただくわけには!!」
「…歩いて帰れるのか?」
やや冷たいまなざしで見下ろされる。
「すみません、ありがとうございます」
ふわ、と足元が浮き、抱えられる。まさかの、お姫様抱っこ。はるが遠慮して体を離そうとすると、しっかりつかまっていろ、と低い声で諭された。普段いるフロアまで運ばれ、給湯室の椅子におろしてくれた。大体帰ってしまい、人がいない。男性は、給湯室の棚の救急箱からばんそうことシップをとりだして応急処置をしてくれた。
「ありがとうございます、こんなにしていただいて申し訳ないです」
「…それにしても、あんなところで何をしていた。ずいぶん長い時間いたようだが」
「研修で入ったんですけど、失敗ばっかりで落ち込んじゃって。仕事にむいてないのかな…って」
「お前にとって仕事とは自分を満足させるためだけのものなのか?気持ちが後ろ向きならばやめてしまえ。そういう人間が社にいても迷惑なだけだからな。ただ、はじめからできる人間はいない。よく考えろ」
「はい…。おっしゃるとおりですね。私、考えます。次にあったら、決意をお伝えします!」
「ふん、続くものならばやってみろ。お前の名前は?」
「はるです!」
「会社で名乗る名前が苗字ではなく下の名前か…」
男性は苦笑する。はるはあわてて苗字から言い直そうとすると男性はそれをさえぎって、おもしろがるような顔をした。
「では、私は正という。覚えておけ」
「はい、正さん、ですね!」
はるは急に立ち上がり、冷蔵庫からうさぎ柄のタッパーをとりだす。
「そうだ、これ!実家から送ってきたんですけど、お昼に食べそびれてしまって。聞くつもりじゃなかったんですけど、お誕生日って聞こえたので、苺です、お仕事片付く間につまんでください!父ちゃんの作る苺、美味しいんです!」
およそ、ビジネスマンらしい正には不似合いな、苺のつまったうさぎのタッパーを手にもたせ、はるはぺっこりとお辞儀をしてロッカーに向かう。とりのこされた正は、はるの背中に声をかけた。
「来週のこの時間、屋上で決意を聞かせてもらうぞ」
「はい!!」
離れたところから手を振るはるに、正は苦笑いをする。
手にしたうさぎ柄の容器のふたを少しめくると、中から苺の甘い香りが漂った。
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