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「花ちゃん、出かけよう」

秋から冬に差し掛かる晴れが続いた日の早朝、窓の外から潜めた孟徳さんの声がした。

前に襄陽で抜け出した時みたいに、孟徳さんは髪を一つに結んで軽装になっている。

「孟徳さん?今日は会談とか会議とかいろいろって言ってませんでした?」

「うん、文若が昨夜こっちに来てくれたから、任せることにした。ここ半月くらい君とゆっくり過ごせてないからね。ま、かなり頑張った俺としては君と過ごす時間っていうご褒美ぐらいもらっても良いと思うんだ」

こんな天気の良い日に孟徳さんと出かけられるのは、すごく嬉しい。

文若さんは了解してるのか…何故孟徳さんは軽装で窓の下から声がするのか…と疑問が浮かばなくもないけど、それ以上考えるのはやめておく。

何となく、文若さんの深いため息が聞こえる気がして心の中でごめんなさい!と手を合わせた。

「早く行こう!何なら着替えを手伝ってあげ…」

笑顔で急かされる。

「すぐ着替えます!」

慌てて返事をすると、孟徳さんの笑い声が聞こえた。
前のめりで軽装に着替える。大事にしまっていた襄陽で買ってもらった耳飾りもつけて。

窓からこっそり出るのに抱きとめられて、スリルでどきどきしてるのか、孟徳さんが近いからどきどきしてるのかわからないけど、それだけで楽しくてたまらない。

「耳飾り、つけてきてくれたんだ。かわいいなあ。君のそういうとこ大好きだよ」

耳元に孟徳さんの柔らかな声がする。優しく見つめられて、言葉を探してるとおでこにキスが降ってきた。

「んー、このまま君を抱きしめていたい……けど、見つかる前に行こう!手、ちょうだい」

孟徳さんは、自分を納得させるように言葉にして私の両肩を包むようにとんとん叩いて、手を引いて歩いて行く。

城壁の外に待機させていた馬に二人で乗って、ひんやりして乾いた風のなか、駆けていく。
日差しが柔らかくて気持ちいい。
どこに行くか聞いてみたけど、秘密にされた。

最初に寄った街で、朝昼兼用の食事とお茶にする。いつもの紅い衣装は孟徳さんらしいけど、たまに見るこういう姿も似合ってる。

「花ちゃん、こっち、こっち」

私の手を引いて店から店へと連れ回す孟徳さんの笑顔は、城でみるのと違う気がした。

私は孟徳さんが責任やしがらみを纏った大人になってからしか知らないけど、もし、同じ学校で一つか二つ上の先輩だったら、こんな顔で笑って、いっぱい一緒にいたんだろうなと思う。

襄陽で過ごした時みたいに、街の人は誰も孟徳さんだとは気づかない。なのに、やっぱり人目を惹く。屋台のおじさんは気前よくおまけしてくれるし、店番の女の人はうっとり孟徳さんを見上げていた。孟徳さんは、丞相という肩書きがなくても人を魅きつける。

孟徳さんは気づいて知らぬふりをしてるのか、人目を惹くのが当たり前になってしまっていて気にしていないのかわからない。

周りの様子がどうであれ、私だけを気にかけてくれる。それがくすぐったくて、今でも照れてしまう。

「ねえ、これ、どうかな?」

小物屋さんの店先で、孟徳さんがいつもしている帯のような暖かな黄色の玉がついた首飾りを私の胸元にあわせてきた。
しずく型がかわいい。派手すぎないところは私の好みを考えてくれている気がする。

「わあ、かわいい!」

「じゃあ、これ、今日の記念に。ずっと覚えててほしいんだ」

「ふふっ、お出かけする度に買ってもらったら、おばあちゃんになるころには、じゃらじゃらになって全部つけたら首が長くなりそう……」

「あははっ、君の姿が埋もれてしまうくらいにたくさん出かけたいね」

「はい!私も一緒にいたいです」

「嬉しいこというねー」

孟徳さんにも、私のお小遣いからお揃いの玉の根付を買って街を後にした。



馬を早駆けして、昼過ぎに着いた丘には大きな銀杏が秋の日差しを受けて金色に輝いていた。

こんな大きな銀杏はこの世界に来る前、神社でも公園でも見たことはなかった。

冷たい北風が吹き抜けると、ざぁっと葉ずれの音がする。
抜けるような青い空に、銀杏の黄色が舞い散る。

「すごい……金色の雨みたい……」

不意に背中からぎゅっと抱きしめられる。私の肩に顔を埋めて孟徳さんが呟いた。

「君にこれを見せたかったんだ。昔、ここを通った時もこんな季節だった。俺、その時ね、今の君と同じこと思ったんだ」

くぐもった声は少し震えてる気がした。

“適切な判断と決定” を察して選択できる人だから背負いこんでしまった重荷。

感受性が豊かだから察してしまえるけれど、もしもそういう判断が必要でないところにいたのなら……。

私といる時はただの“孟徳さん”でいてほしい。

「おんなじ、ですね」

孟徳さんの腕に手を添えて、そっと撫でる。

「うん……そうだね……君が俺と同じ言葉で表現するとまでは思ってなかった。君といると素直な気持ちになるんだ。俺の気持ちの柔らかなとこで感じるものを君と共有したかった」

「この銀杏の色だから、この玉なんですね」

「あ、うれしいな、わかってくれた?
……ねぇ、顔見せて。どんなかわいい顔して君はそんなこと言うの?」

優しく口づけされる。

「……近すぎて、顔、見えてないですよ」

おでこをくっつけて、囁く。

「見えた……誰よりも、君の一番近くにいたいんだ。愛してるよ」


金色の雨よりもたくさんの甘い口づけが降る。

この色はずっと忘れない。

孟徳さんの優しい瞳も。







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