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 早安は薬草だけでなく、鉱物や薬物にも詳しかった。それは暗部を担う間に教えられたものなのだろう。ちょっとした爆薬や麻酔薬ならこともなげに作ってしまうし、それを使って金属の採掘ができる場所をみつけることや、大物の狩りもたやすくこなしてしまう。早安が来てから村は豊かになっていて、”早安先生”という呼び方も定着した。

 
 私も何か役に立ちたいなあ…そう思うものの、早安のほうが上手なことが多くて、だいたい補助になる。

 …料理は、うん、多少は、慣れて……きたかな。慣れてきたことにする。
 薬草も結構覚えてきた。

 早安は私がいてくれるだけでいいというけれど、それだけでは何かもどかしい。

 蓮華の花畑でゆっくりしていると、早安が一角に薄荷の叢を見つけた。

「花、こいつは乾燥させて生薬に使える。いっぱい採って帰ろう」

「うん、わかった」

 葉を摘むと青い草の匂いの奥にかすかにスーッとする懐かしい香りがする。

 ミントの効いたリップクリーム、いつもポケットにいれていた。もうずいぶん前に使い切ってしまったけど。

 元の世界ではミントの成分はお菓子や化粧品、歯みがき、入浴剤、しっぷ、お薬、虫よけ……そうだ、葉っぱの種類は違うけどミントティもあった。本当にいろんなものに使われていた。ℓ‐メントールだっけ。パッケージの裏をみるとスーッとする成分があるときはいつもその名前があった。

そういえばチョコミントでは意見が割れたな。かなはチョコミント大好きで、私は普通。彩はミントと甘い組み合わせが納得いかないと言っていた。彩はお母さんと言うこと似てたなあ。みんな、元気かな。

「花?」

 手が止まっていた私を早安が心配そうに見ている。

「んーん、なんでもない、ここに来る前の世界ではこのスーッとする成分はいろんなとこに使われていたから懐かしくて」

「そうか…」

 早安が薄荷を摘む手を止めて私の頭を撫でた。早安は、言葉は少ないけど私を気にかけてくれるのがすごく伝わってくる。懐かしさや寂しさもあるけど、一緒にいられるから大丈夫。

「ありがと。あのね、薄荷は本当にいろいろなとこに使われていたんだよ」

 私が使われていたものについて話し始めると早安は相づちを打ちながら聞く。早安はしばらく私を見ていたけど、私が薄荷を摘み始めると安心したように手を動かした。生活のあらゆるところでミントの成分が使われているという話は早安には興味深いみたいで、帰ったらいろいろ試してみたくなっているようだった。こんなことなら化学の時間、もっとまじめに実験のレポートやったらよかったな。蒸留とか結晶の作り方とかその時だけやって楽しいで終わっちゃってた。

 私の話を聞いた早安が少し考えて口を開く。

「こっちだと煎じ薬や塗り薬に混ぜるくらいだな。お菓子や化粧品は思いつかなかった。家に蜜蝋と杏の種から採った油があるから化粧品にできるかもな」

「あ、それだとリップクリームができるかも」

「りっぷくりーむ?」

「うん、唇に塗るものなの。ここは風が乾いているからすぐに唇がかさかさになってこっちに来たとき持ってきたのはもう使い切っちゃった」

 私がそう言うと、早安は薄荷を摘む手を止めてすくっと立ちあがった。

「花、すぐ帰って作ろう!」

早安は私の手を引いてぐいぐい歩きはじめた。

「えっ、待って、まだそんなに採ってないよ」

「待たない!お前が喜びそうなものを作れるならすぐに試してみたい。足りなければまた採りに来ればいい」

 早安はいっぱいの笑顔で私に言う。早安は新しいことを試すのが好きだ。早安の青い瞳が初夏の日差しにきらきらしていた。

 早足で馬を駆けて家に帰る。

 馬に水を飲ませて、籠の中の薄荷を洗っていると早安が蜜蝋と杏油を持ってきた。

「薄荷を刻んで杏油に成分を溶かしこもう。それから蜜蝋と混ぜて軟膏と同じくらいの硬さにしてみる」

「どのくらい使う?」

「とりあえずそれぞれ一掴みやってみるか」

「了解」

早安と私は並んで薄荷を刻む。スーッとする匂いよりも草の匂いのほうが強い。

刻んで油に放り込み、よく混ぜる。箸の先で一滴手の甲に落として香りを試してみたけど、薄かった。だけどあたりにはさわやかな香りが満ちている。これだけで十分アロマテラピーみたい。蜜蝋も杏油もその状態になるまでとても手間暇がかかる。湯煎で溶かして布で濾したり、種の殻を割って中だけをすりつぶしたりそれだけで一日仕事だ。スローライフといえばそうなんだけど、この時代だと貴重な材料だ。リップクリームのために惜しげもなく使ってくれるのがありがたいような申し訳ないような気持ちになった。でも、新しいことを試している早安が楽しそうだからいいのかもしれない。

「まだ足りないな、今日採ってきた分全部使うか」

「がんばろー」

「おう」

 二人で並んで他愛ない話をしながら薄荷を全部刻んだ頃には日は傾いていた。乾かして生薬にするなら結構使える分は使い切っただけあって、杏油に溶けた成分はいい感じに濃くなっていた。蜜蝋を湯煎で溶かして、薄荷オイルを混ぜていく。混ざった後は貝殻に詰めて出来上がり。緑の軟膏は見た目にも涼しそうだった。一日かけた私たちの時間がこの小さな貝殻に結晶したみたいで宝もののように思えた。

「やっと出来上がりだな」

溶かした器に残っていたクリームを早安が指ですくって私の唇に乗せる。滑らかに唇に伸びていく感じはいつも使っていたリップクリームよりも柔らかくて高級感があった。青い草の香とスーッとする感覚が広がる。いろんな作業をするから少し荒れてカサカサになってる早安の指先がクリームで滑りながら私の唇を撫でる。その感触がなんだかいつもと違ってドキドキした。

「どう?花が使ってたものと似てる?」

 何度も唇の上を早安の指がなぞっていく。それはまるで抱き合っているときに私を探る指を思わせて私は言葉に詰まってしまった。

「あ、うん…とっても滑らかだしいいと思う…」

「何、顔紅くしてるの」

 早安がからかうように優しく見つめてくる。

「べ、べつに、なんでもないよ」

「へえ…じゃあ、俺も味見していい?」

 そういうと早安は唇を重ねた。

「味見って、私の唇からじゃなくてもいいんじゃ…」

「うん、涼しくていいな、これ」

 
「人の話、聞いてる?」

「聞いてる。花の唇でもっと試させて」

 早安はもう一度、指先でクリームを延ばしてから深く口づけた。

 もう、スーッとする涼しさは早安の体温に消されてしまった。蜜蝋に溶かし込まれた薄荷オイルのように、私も早安に溶け込んでいく。
 甘く、甘く。


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