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台風が近づいてきたせいで昨日から雨が続いていた。


サックスを吹くときに指先が冷えるからあまり雨は好きではない。




今日は音子ちゃんとの打ち合わせで次のライブをやる店の近くの駅で待ち合わせだ。


帰宅時の人並みを眺めていると、ひときわカラフルで目を引く小柄な女の子が見える。




待ち合わせで音子ちゃんを見つけるのは簡単だ。


当の音子ちゃんは小柄なので視界が悪いらしく、改札正面の待ち合わせなのに混雑に流されて出口に向かっていた。




「音子ちゃん」




追いついて声をかける。




「あ、阿鳥パイセンここにいたんすか」




「ここにじゃないよ、中央改札正面っていったでしょ、こっち西口方向」




「あれー、周り見えにくくて流れに沿ってたらついー」




音子ちゃんはにたっと笑う。なんだろう、音子ちゃんの笑顔って何かを思い出す。




「それに、パイセンが見つけてくれると思ってましたし」




見透かされているようだ。


この自信はどこから来るのか。


そしてそれに腹が立つわけでもない俺もどうかと思う。




とりあえず、はぐれないように背中に軽く手を添えてライブハウスのある東口に向かう。


湿気を孕んだ冷たい風で冷えていた指先に、音子ちゃんの体温が感じられた。


まるで、思春期男子のように添えた手をひっこめるわけにもいかず、かといってそのままにしていいのか迷っていた。


西口までの数分のことだ。




駅構内から外に出る人たちはポンと音を立てながら傘を開いて夜の街へと歩いていく。


この混雑から解放されるので気が緩んだ。




「傘の花みたいだ」




「情緒豊かな発言はさすがパイセンです…」




音子ちゃんはそういうと、自分のカラフルな傘を開いた。




雨の夜の繁華街の歩道は傘を持った人がすれ違うには狭く、俺たち二人が並んで歩くと、向こうから来る人に道を譲って前後にずれたりすることになり、話がとぎれとぎれになる。




並んでも音子ちゃんの傘のほうが低いから、顔を見て話そうとすると音子ちゃんの傘が俺の肩をかすめる。




最初の信号で、音子ちゃんはくるっと振り返った。




「話しにくいからパイセンの傘に入れてください」




そういうと音子ちゃんは、にたっとわらって、濃いピンクと紫の縞々の傘を閉じた。


その色合いと、にたっとわらった笑顔で思い出した。


アリスに出てくるあの猫だ。


トリッキーなところも音子ちゃんぽい。




そのネコは俺の傘にスッと入ってきて並んで歩く。




俺はいつから猫派になったんだろう。




音子ちゃん側に傾けた傘の滴が肩にかからないよう目の端で見届けながら、雨の街を歩く。


この距離にいられるなら雨も悪くない気がしてきた。

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