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音子ちゃんが企画したライブで俺は人前で久しぶりにサックスを吹いた。葛藤の末に手を触れなくなったサックスだったけれど、自分でも拍子抜けするくらいに気持ちよく音に自分を委ねられた。評判は上々で、あれから何度か音子ちゃんが嬉々としてライブの企画を俺に持ち込んできた。次の休みが合うところで、打ち合わせをすることになった。
2月の関東は良く晴れて空気が冷たい。俺は自分が生まれた月だからか、この冷たい風は割と好きだ。駅から待ち合わせの喫茶店に向かう途中、道路脇の梅から紅い花びらが舞い落ちてきた。つかまえて掌に丸い花びらを乗せる。顔を上げると梅の香もする。日本の冬って感じがするな…と感慨にふけっていたら背中をどつかれ、音子ちゃんの声がする。
「阿鳥パイセン、何センチメンタルに見上げちゃってるんですか」
情緒も雰囲気もない登場の仕方が音子ちゃんらしい。アルバイトの時に会ったよりは少し大人っぽくなったような気もするけど、相変わらず個性的な雰囲気で、敬礼しながら俺を見上げている。
「……なんだ音子ちゃんか。梅の花がきれいだったんだよ」
「うーむ。さすが阿鳥パイセン。花を見上げてるだけで絵になる」
音子ちゃんはそういうとうんうんと一人頷いていた。
俺よりだいぶん小さい音子ちゃんと歩調を合わせるのにゆっくりになる。最初はなんだか落ち着かなかったけれど、最近はそのゆっくり加減はそう悪くない気がしていた。先週は俺の誕生日かつバレンタインで、チョコレートやプレゼントを渡してくれる女性もいた。今年は何となく受け取らなかった。俺の外見とか雰囲気だけで、俺のことは見えてない好意が重たく感じられるようになったんだと思う。だけど、音子ちゃんのさっきのセリフはそんなに嫌じゃないと思うのはどうしてなんだろうか。
「相変わらず会話がかみ合ってない気がする」
「ええ、そうですか」
「花がきれいっていう話をしてたけど、なんで俺の話になっちゃうの」
「うーん、なんででしょう。まあ細かいことは気にしない、気にしない」
こんなふうにだいたい音子ちゃんのペースになる。まあ、それもいいか。
俺は掌にのっていた紅い梅の花びらを音子ちゃんの鼻のてっぺんに乗せた。
俺は掌にのっていた紅い梅の花びらを音子ちゃんの鼻のてっぺんに乗せた。
「うあ、なにすんですか、パイセン」
「梅の香くらい楽しんでみれば」
「私だってふうりゅうを解するココロくらいはもってますよう」
「私だってふうりゅうを解するココロくらいはもってますよう」
「じゃあさ、音子ちゃん、桜が咲いたら川沿いを歩いてみようか」
「へ?歩くだけ?」
「そう、打ち合わせとかの目的とかじゃなくて、歩くだけ」
「へへ、なんか、照れる気がしますね」
そういって音子ちゃんは少しだけ頬を染めて笑って、たたっと前を行って喫茶店のドアを開けた。
桜のころにはライブも終わってる。
きっと目的もなく、俺たちは並んで歩く。
それは、とても、やわらかな時間になる。
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